日本企業が米国向けに越境EC販売を展開する際、最も注意すべき税務リスクの一つが「PE(Permanent Establishment/恒久的施設)認定」です。米国内に倉庫を設置したり、現地スタッフを雇用したりすることで、意図せずPEと認定され、米国での納税義務が発生する可能性があります。本記事では、PE認定の基準から具体的な課税内容、そして実務で活用できるリスク回避策まで、日米租税条約や判例を踏まえて詳しく解説します。
日米租税条約におけるPEの定義
PE(Permanent Establishment)とは、外国企業が相手国で事業活動を行う際に設ける「恒久的な拠点」を指します。日米租税条約第5条第1項では、PEを「事業を行う一定の場所であって、企業がその事業の全部又は一部を行っている場所」と定義しています。
この定義には3つの要素が含まれます:
- 事業を行うための施設(場所)が存在すること
- その場所が固定的(恒久的)であること
- その場所を通じて事業が行われていること
米国に設置した支店・事務所・倉庫・管理拠点などが典型的な例ですが、越境EC事業者にとって特に重要なのは「倉庫」の取り扱いです。
越境EC事業者がPE認定されるケース
インターネット販売自体は無形の活動ですが、実務上は「物理的な活動の有無」でPEが判断されます。現状、米国に拠点や代理人を置かずに越境EC販売を行う場合、日米条約第5条の要件を満たさない限り課税対象外とされます。これはOECDモデルに基づく「PEなければ課税なし」の原則によるものです。
しかし、米国内で以下のような活動を行う場合、PE認定のリスクが生じます:
- 自社で倉庫を借りて在庫保管・発送業務を行う
- 現地スタッフを雇用して営業活動を展開する
- 販売代理店に契約締結権限を与える
米国でPE認定される2つのパターン
固定拠点型PE:倉庫や事務所の設置リスク
固定拠点型PEは、米国内に物理的な事業拠点を持つケースを指します。ただし、条約第5条4項(a)では、企業の物品・商品の保管・展示・引渡しのためにのみ使用する施設はPEから除外されると規定されています。
つまり、インターネット販売業者が米国に倉庫を置いて商品の保管・配送を行う場合でも、その施設で行う活動が本質的に「保管・引渡しのみ」に止まればPEではないとされる可能性があります。
一方、倉庫内で梱包・検品・カスタマーサポートなど事業の主要活動を行えば、除外要件には当たらずPEに該当します。活動内容が「準備的・補助的な性格」の範囲を超えるかどうかが判断の分かれ目となります。
代理人型PE:現地スタッフや販売代理店のリスク
代理人型PEは「人」の活動を基準とするもので、最も複雑でPEリスクが高い類型です。日本企業のために米国内で営業・契約交渉を行う代理人が、その企業名義で継続的に契約を締結する権限を有し行使していればPEとみなされます。
物理的なオフィスがなくても、権限を持った営業担当者が米国内で恒常的に契約活動を行っていればPEが存在すると判断される可能性があります。
ただし、独立の仲立人・問屋等が通常業務として活動する場合はPEに当たらないため、委託販売先が法的にも経済的にも本人(外国企業)から独立しているかどうかが判断の分かれ目となります。
また、米国で日本企業が現地従業員を雇用して営業活動を行う場合、それ自体が米国での「事業活動」とみなされ、米国法人登記が必要となります。事業登録がない場合は給与源泉税の手続に問題が生じるため、実質的に支店PEと扱われる可能性が高くなります。
越境EC販売におけるPE認定の判例と実務
東京地裁の判決から学ぶPE認定基準
米国ではEC特有の判例は乏しいものの、日本の裁判例が参考になります。東京地裁平成27年5月28日判決では、米国人がインターネットで日本向けに商品を販売し、日本にアパートや倉庫を借りて商品保管・梱包・発送業務を行った事案で、これら施設を合算したものをPEと認定しました。
裁判所は以下の点を重視しています:
- これらの場所が販売事業における唯一の拠点である
- 商品配送や返品受領といった事業上重要な活動を行っている
- 倉庫がウェブサイト掲載住所であり、商品発送元・返品先となっている
この判断から、条約の準備的・補助的活動の除外規定(第5条4項)には当たらないとされました。
「保管・引渡しのみ」なら除外される可能性
この判例から、越境ECでも現地に事業の実質拠点(在庫と発送機能)を設ければPEと認定され得ることが示唆されます。逆に、活動が純粋に「保管・引渡しのみ」であれば除外される可能性があります。
実務上のポイントは、倉庫で行う業務の範囲です:
- PE認定されにくい活動:単純な在庫保管、出荷指示に基づく配送
- PE認定されやすい活動:商品の検品・梱包・加工、返品処理、カスタマーサポート、在庫管理の意思決定
PE認定された場合の課税内容と税率
米国での法人税率と州税
PEと認定されると、米国ではそのPEに帰属する事業所得(Business Profits)が課税対象となります。米国内法上は、外国企業の米国源泉所得のうち「有効に結び付いた所得(effectively connected income)」として法人税が課されます。
連邦法人税率は2018年以降一律21%と定められており、さらに州税・地方税(州法人税)も別途課される場合があります。地方税を含めた実効税率は約30%程度になることが一般的です。
支店利益税と日米租税条約の適用
外国企業の支店(PE)から本国に利益を送金する場合、通常は「支店利益税(Branch Profits Tax)」30%が課されます。しかし、日米租税条約の適用により支店利益税は免除されます。
日米条約ではPEに帰属する所得のみが源泉地(米国)で課税されるため、親会社に帰属する利益については日本で外国税額控除が可能です。したがって、PE認定を受けた場合は「PEに帰属する利益」が米国で20%超の税率で課税されるリスクがあります。
現地法人設立によるPEリスク軽減策
現地法人方式のメリット
日本企業が米国に現地法人を設立した場合、現地法人は独立の法人として米国で納税義務を負います。現地法人が稼得した利益には連邦法人税(21%)および州税が課されますが、日本親会社は基本的にこれら課税対象外となります。
親会社への資金還流は配当扱いとなり、日米租税条約上も法人間配当に適用される軽減税率(通常10%以下)が適用されます。
親会社のPEリスクを下げる仕組み
現地法人方式では、親会社自身が米国内に固定拠点を持たないため、親会社に対するPEリスクは大幅に低減します。米国子会社が独立した販売会社として機能すれば、親会社が米国で直接営業する場合に比べてPEと認定されにくくなります。
現地法人が自社の販売活動を行っている場合、現地法人が親会社の代理人(PE)と認定されるリスクは低下します。さらに、日米租税条約の適用により支店利益税が免除されるため、支店ではなく子会社方式では再投資や配当でも不要な余分な課税が回避されます。
越境EC事業者が取るべき具体的な税務対策
物流・倉庫業務の外部委託
米国内の倉庫や配送は第三者の物流業者(3PL)に委託し、自社施設を「商品の保管・引渡しのみを行う場所」に限定すれば、条約4項(a)の適用除外と判断されやすくなります。
外部委託する際のポイント:
- 倉庫の賃借契約は物流業者名義とする
- 在庫管理や出荷指示は日本本社から行う
- 現地での検品・梱包・カスタマーサポートは物流業者に委託
- 契約書で業務範囲を明確に限定する
契約権限の制限と業務委託契約の活用
現地スタッフや代理店に契約締結権限を与えないことで、代理人PEとみなされるリスクを低減できます。米国内で販売促進を行う場合は、人材を直接雇用するのではなく業務委託契約を活用し、成果報酬型の契約とすることで米国側への労務依存度を下げられます。
業務委託契約方式を採用すれば、現地での源泉徴収や雇用登録の煩雑な手続きが不要になります。ただし、委託契約の内容については専門家の意見を聞くなど注意が必要です。例えば、委託者に対して日本の会社のために契約を締結する権限を与えると、この会社の恒久的施設(PE)が米国にあるとされ、日本の会社に米国の課税権が及ぶことになります。
営業活動の範囲を日本国内に限定する
日本からの出張営業やオンラインマーケティングに留め、現地での取引契約は日本本社内で完結するよう契約書や取引慣行を整備します。
具体的な対策:
- 契約書の締結は日本本社で行う
- 価格交渉や重要な意思決定は日本で完結させる
- 米国への出張は年間183日未満に抑える
- 現地スタッフには情報収集や市場調査のみを担当させる
日米租税条約の適用により「PEがなければ事業所得に課税なし」という原則を最大限活用することで、必要以上の「米国恒久的施設」認定を回避し課税リスクを最小化できます。
まとめ:越境EC販売におけるPE対策の重要性
米国向け越境EC販売を展開する日本企業にとって、PE認定リスクの理解と適切な対策は不可欠です。倉庫の設置や現地スタッフの雇用といった事業拡大の施策が、意図せず米国での納税義務を生む可能性があるためです。
重要なポイントは以下の通りです:
- 倉庫は「保管・引渡しのみ」に活動を限定し、主要業務は外部委託する
- 代理人や現地スタッフには契約締結権限を与えない
- 本格的な事業展開を行う場合は現地法人設立を検討する
- 日米租税条約の規定を正しく理解し、専門家のアドバイスを受ける
越境EC市場の拡大に伴い、税務当局の監視も強化されています。事業の初期段階から適切な税務対策を講じることで、将来的なリスクを最小限に抑え、安定した事業運営が可能となります。
コメント