アメリカでビジネスを始める際、法人設立は避けて通れない重要なステップです。しかし、日本とは大きく異なる税制や法律により、事前知識がないまま進めると予想外のコストや法的トラブルに見舞われるリスクがあります。
本記事では、アメリカ法人設立時に見落としがちな5つの落とし穴を詳しく解説します。法人形態の選択ミス、州ごとの税制の違い、連邦税と州税の二重課税、外国人オーナー特有の制限、そして法的コンプライアンス義務まで、実務に即した回避策とともにお伝えします。
法人形態の選択を誤ると税負担が2倍に
C法人の二重課税リスク
アメリカでの法人設立において、最初の重要な判断が法人形態の選択です。特に注意すべきなのがC法人(C-Corporation)の二重課税の仕組みです。
C法人では、まず法人レベルで連邦法人税21%が課税されます。さらに、オーナーが受け取る配当金には15~20%の個人所得税が課されるため、配当を出す場合の実質的な税負担は**約40%**に達します。つまり、同じ利益に対して法人税と個人所得税の二段階で課税されるのです。
パススルー課税という選択肢
一方、LLC(合同会社)やS法人(S-Corporation)などのパススルー課税形態では、事業利益が各所有者の個人所得として直接課税されるため、法人レベルでの課税を回避できます。小規模ビジネスや個人事業に近い形態では、こうしたパススルー課税の方が税負担を抑えられるケースが多いのです。
最適な法人形態の選び方
事業規模や将来計画に応じた選択が重要です:
- LLCが適しているケース:税負担を抑えたい、手続きを簡便にしたい、利益をオーナー個人の所得として受け取りたい
- C法人が適しているケース:ベンチャー投資を受け入れたい、株式公開を視野に入れている、利益を配当ではなく再投資に回す
C法人でも成長段階で配当を出さずに利益を再投資すれば、法人税率21%のみで済むケースもあります。また、事業形態は後から変更も可能なため、創業期は小規模向けの形態でスタートし、成長に応じて移行する戦略も有効です。
税理士や弁護士などの専門家に相談し、自社の状況に最適な形態を選ぶことで、不要な税負担を回避できます。
州選択で年間数十万円のコスト差が発生
デラウェア州 vs カリフォルニア州の比較
アメリカでは法人の設立・運営ルールや税制が州ごとに大きく異なります。この違いを理解せずに州を選ぶと、想定外のコスト増につながります。
デラウェア州は法人設立先として人気があり、以下のメリットがあります:
- ビジネスに好意的な法律と判例の蓄積
- 州外で事業を行う限り州所得税・売上税が課されない
- 投資家やベンチャーキャピタルからの信頼が厚い
しかしカリフォルニア州で実際に事業を行う場合、他州で法人を設立してもカリフォルニア州への登録・納税義務が生じます。
カリフォルニア州の高額な税負担
カリフォルニア州は全米でも特に税負担が重い州です:
- 州所得税率:最高13.3%(全米最高水準)
- 売上税:7.25%
- フランチャイズ税:年間最低800ドル(法人・LLC共通)
- グロスレシート税:年間売上25万ドル超のLLCに900~11,790ドル
デラウェア州で法人を設立してもカリフォルニア州で事業を行う場合、「外国資格(Foreign Qualification)」登録が必要となり、結果的に両州で登録維持費や税金を支払うことになります。
複数州での事業展開のリスク
事業活動が複数州にまたがる場合、各州で納税義務が発生し、所得の按分計算が必要になります。各州の税率や課税方式が異なるため、全体の税負担を正確に把握していないと、思わぬ多重課税に陥る可能性があります。
州選択の最適化戦略
事業拠点や事業内容に合わせた州選択が重要です:
- カリフォルニアに拠点がある場合:最初からカリフォルニア州で設立し、二重の州手続・州税負担を避ける
- 物理的拠点がない・オンライン事業の場合:デラウェア州のメリットを活用
- 投資家受けを狙う場合:デラウェア州の整備された法制度と信頼性が有利
各州の法人設立費用、年間維持費(年次報告料、登録エージェント費用など)を比較し、総合的に判断することが賢明です。
連邦税と州税の二重課税を理解する
二つの課税当局への納税義務
日本にはない米国特有の仕組みが、連邦政府と州政府の双方に税を納める必要があることです。法人を設立すると、連邦法人税に加えて事業を行う州の州法人税・州所得税も課税されます。
カリフォルニア州でC法人を運営する場合の具体例:
- 連邦法人税:21%
- 州法人税:8.84%
- 合計:約30%
さらに配当を出す場合は個人所得税も加わるため、実質的な税負担はさらに高くなります。
パススルー事業体でも二重課税は存在
LLCなどのパススルー事業体でも、オーナー個人が連邦所得税と州所得税の両方を支払う必要があります。つまり、どの事業形態を選んでも、連邦税と州税で同じ所得に対して二重に税金を納める構造は変わりません。
複数州での事業展開時の注意点
本社がデラウェア州、主要な営業がカリフォルニア州とニューヨーク州にも及ぶような場合、各州の税務当局に対し、それぞれの州で生じた所得に応じた税金を申告・納付する必要があります。
各州の税率や課税方式が異なるため、全体の税負担を正確に把握していないと、思わぬ多重課税に陥るリスクがあります。
税負担を最適化する方法
事前の税務プランニングが重要です:
- 事業予定州の税制調査:税率や控除制度を調べ、連邦+州の合計税負担を事前に計算
- 所得配分ルールの確認:複数州にまたがる場合、税理士に相談して各州への所得配分(アポーションメント)を最適化
- 税制優遇州の検討:テキサス州やフロリダ州など法人所得税がない州も選択肢に
- 資金計画への織り込み:税負担を必要経費として資金計画に余裕を持たせる
納税漏れや申告漏れがあると延滞税・罰金が科される可能性もあるため、連邦IRS(国税庁)と各州税務当局それぞれへの申告・納税スケジュールを把握し、確実に対応することが肝要です。
外国人オーナーが直面する特有の制限
S法人の株主資格制限
日本人在住者など外国人がアメリカで法人を所有・運営する場合、いくつか特有の制約があります。
最も重要なのがS法人の株主資格制限です。S法人は利益のパススルー課税など中小企業向けのメリットがありますが、株主は米国市民または居住者でなければならず、非居住外国人は株主になることができません。
そのため、日本人だけで事業を営む場合、S法人を利用した節税スキームは選択肢から除外され、LLCやC法人を用いるのが一般的です。
納税者番号(ITIN)の取得
外国人が米国で法人を設立・所得を得る場合、連邦税申告等のために**個人の納税者番号(ITIN: Individual Taxpayer Identification Number)**を取得する必要があります。
ITINの取得には申請から最大18週間程度を要する場合があり、法人設立後に慌てて手続きをすると初年度の確定申告に間に合わない可能性もあります。特にLLCのようなパススルー事業体では、外国人メンバーにも米国での納税義務が生じるため、各メンバー分のITIN取得が不可欠です。
追加の税務報告義務
外国人オーナーの場合、以下のような追加の税務報告義務も発生します:
- Form 5472の提出:外国人が50%以上所有する米国LLCは年度末に特別報告書の提出が義務付けられている(違反時の罰金が高額)
- 源泉徴収義務:複数メンバーのLLCに外国人パートナーがいる場合、利益の35%相当額を源泉徴収し四半期ごとにIRSに納付
外国人オーナーの対策
以下の点に注意して準備を進めましょう:
- 適切な事業形態の選択:S法人は利用できないため、LLCかC法人で計画
- 早期のITIN申請:法人設立後速やかに申請し、時間的余裕を確保
- 現地専門家の活用:会計士・弁護士を雇い、外国人オーナー特有の税務・法務手続きを確実に履行
- ビザの確認:米国内で労働・報酬を得るには適切なビザが必要
銀行口座開設やクレジット取得にもハードルがあるため、これらも計画に織り込んでおくことが重要です。
法的コンプライアンス義務を怠ると法人格を失う
年次報告の提出義務
法人設立後は各種法定のコンプライアンス義務を継続して果たす必要があります。怠ると罰金や行政処分(最悪の場合は法人格の剥奪)を受ける可能性があります。
多くの州では、法人やLLCに対し毎年もしくは2年ごとに定期報告書の提出と手数料の支払いを義務付けています:
- デラウェア州:毎年3月1日までに年次報告とフランチャイズ税の支払い
- カリフォルニア州:年間800ドルのフランチャイズ税納付と年次の事業報告(20ドル)
これらを期限までに行わないと延滞料金が発生し、最悪の場合は行政による法人の休眠・解散措置が取られることがあります。
登録エージェントの設置・維持
全ての州で、法人やLLCは**州内に所在する登録エージェント(受領代理人)**を置くことが法律で義務付けられています。
登録エージェントとは、その法人宛ての公式な郵便物(役所からの通知や訴訟の召喚状等)を確実に受け取る役割を担う代理人です。
登録エージェントを欠くリスク:
- 科料や罰金
- 法人の良好な法的地位(Good Standing)の喪失
- 行政解散(強制的な法人格剥奪)
- 訴訟などの通知を受け取れず、欠席裁判で敗訴
特に日本在住で米国にオフィスがない場合は、エージェントサービス会社を雇って住所を借りるのが一般的です(年100~300ドル程度)。
BOI(実質的所有者情報)ルールの動向
2024年施行の**企業透明性法(CTA)**により、当初はほぼ全ての米国法人・LLCに対して実質的支配者(オーナー)の個人情報を連邦財務省のFinCENに届け出る義務が課されました。
違反すれば1日あたり最大500ドルの罰金や最長2年の禁錮刑、最大1万ドルの罰金といった厳しい罰則が規定されていました。
しかし2025年3月、財務省は規則を一部改正し、米国内で設立された企業は現時点でBOI報告義務の対象外となっています。ただし法改正の経緯には流動的な面もあるため、最新の規制動向を注視すべきです。
コンプライアンス管理の実践
確実に義務を履行するための仕組みづくりが重要です:
- 期限管理:年次報告や各種届出の期限をカレンダーやリマインダーで管理
- 登録エージェントの維持:信頼できる業者を選び、契約を継続
- 新規則の情報収集:新たに施行される連邦・州法についてニュースや専門家から情報を得る
- 記録の整備・保管:定款や社内記録(株主総会議事録、株式台帳など)を作成・保存
- 専門家との定期相談:弁護士・会計士と定期的にレビューし、コンプライアンス状況を確認
まとめ:成功する米国法人設立のために
アメリカでの法人設立には、日本とは異なる複雑な税制や法律が絡みます。本記事で解説した5つの落とし穴を事前に理解し、適切な対策を講じることで、不要なコストや法的トラブルを回避できます。
重要なポイント:
- 事業規模や将来計画に合った法人形態を選択
- 事業を行う州の税制を事前に調査し、最適な州を選択
- 連邦税と州税の二重課税を念頭に資金計画を立てる
- 外国人オーナー特有の制限と手続きを理解
- 法的コンプライアンス義務を確実に履行する仕組みを構築
最も重要なのは、専門家(税理士・弁護士)に早期に相談することです。自社の状況に応じた最適なアドバイスを受けることで、米国でのビジネス成功の確率を高めることができます。
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