はじめに:米国de minimis制度が越境ECに与えた革命
米国への越境EC(電子商取引)において、長年にわたり事業者と消費者の双方に恩恵をもたらしてきたのが**小額免税制度(de minimis rule)**です。2016年以降、輸入申告額が800ドル以下の貨物について関税や輸入諸税を免除し、通関手続きを大幅に簡素化するこの制度は、中国発のファストファッションECプラットフォームであるSHEINやTemuの急成長を支える基盤となりました。
しかし2025年8月、米国政府は国家安全保障上の懸念から、この制度を全世界に対して一時停止する歴史的な決断を下しました。本記事では、de minimis $800ルールの基本的な仕組みから適用対象、除外品目、そして最新の規制変更が越境EC事業者に与える影響まで、実務に即した情報を包括的に解説します。
de minimis制度の基本:0以下の貨物が免税対象に
制度の概要と法的根拠
米国関税法(19 U.S.C. §1321)に基づくde minimis制度は、少額輸入品に対する税関の事務処理コストが徴収する関税額に見合わないという合理的判断から設けられた特例措置です。2015年の通商円滑化・貿易執行法(TFTEA)改正により、免税対象額が従来の200ドルから800ドルに大幅引き上げされました。
この制度の適用条件は明確で、同一人物が同一日に輸入する貨物の合計額が800ドル以下であれば、関税・輸入税の支払いおよび正式な通関手続きが免除されます。通常の輸入では必要となる詳細なHSコード(10桁の関税分類番号)の申告や、通関業者の起用、関税の前払いなどが不要となり、運送業者が提出する基本的なマニフェストやインボイス情報のみで通関が可能です。
制度利用の爆発的増加
米国税関・国境警備局(CBP)の統計によれば、de minimisルールを適用した免税輸入件数は劇的に増加しています。2015年には約1億3,900万件だった小口貨物が、2024年には13億件を超える規模に達しました。この約10倍という驚異的な伸びの背景には、中国発の越境ECプラットフォームの台頭があります。
2023年の米議会調査報告書によれば、TemuとSHEINの2社だけで、全de minimis小口貨物の約30%を占めていたと指摘されています。これらのプラットフォームは、商品を個別に小分け発送することで1件あたりの申告額を800ドル以下に抑え、大量の商品を米国市場へ無関税で送り届けるビジネスモデルを確立していました。
適用対象:どのような商品・取引が免税になるのか
対象となる商品と取引形態
de minimis制度は、基本的に輸入申告価額が合計800ドル以下のあらゆる商品に適用可能です。商取引(B2C)か個人間取引(C2C)かを問わず、条件を満たせば免税措置を受けられる点が特徴です。
適用対象となる配送方法も幅広く、民間の国際宅配便(DHL、FedEx、UPSなど)から国際郵便(USPS経由)まで様々です。特に民間宅配業者は、Entry Type 86と呼ばれる簡易通関プロセスを導入し、電子データで事前申告することで大量のde minimis貨物を効率的に処理してきました。
「1日1人800ドル」の重要な制限
制度適用において最も注意すべき点は、同一顧客への同日複数発送の合算規定です。たとえ個別の小包がそれぞれ800ドル以下でも、同じ日に到着する複数の荷物の合計額が800ドルを超えれば、de minimis免税の恩恵は受けられません。
さらに重要なのは、意図的な分割発送の禁止です。本来一つの注文であるものを免税枠内に収めるために複数の小包に分けて発送することは法律で明確に禁止されており、発覚した場合には初回5,000ドル、再発時には10,000ドルまでの民事罰金が科される可能性があります。越境EC事業者は、この「1日単位・1顧客単位」の制限と違反時のペナルティを十分認識しておく必要があります。
除外品目:de minimis免税が適用されないケース
法定除外品目
de minimis制度は万能ではなく、特定の商品カテゴリーは金額に関わらず適用外となります。
酒類・タバコ類は連邦物品税の課税対象品として、少額であっても免税適用外です。アルコール飲料、葉巻・紙巻たばこ、噛みタバコなどは、800ドル以下であっても輸入時に課税・許可手続きが必要となります。
反ダンピング・相殺関税(AD/CVD)の対象品も除外されます。外国製品の不当廉売や補助金に対する是正措置として特別関税が課されている品目は、たとえ800ドル以下でも正式な輸入申告と関税納付が求められます。
輸入割当(quota)対象商品、特に繊維製品など一定量以上の輸入に制限が設けられている品目についても、de minimis免税は認められません。絶対割当でも関税割当でも、割当対象品は少額でも免税特例から除外されます。
規制品目と違法品
薬物・向精神薬、武器・弾薬、ワシントン条約該当品など、米国の他の法律で輸入自体が禁止・規制される品目については、de minimisの有無に関わらず輸入許可が下りることはありません。実際、CBPによる全貨物差押件数の89%がde minimis小包であり、中でも**麻薬類押収の97%**がこの小口貨物だったと報告されています。
食品や化粧品はFDA(食品医薬品局)の許可要件があり、通信機器はFCC(連邦通信委員会)の認証が必要な場合があります。該当商品を扱う際は専門の通関士に事前相談するか、販売対象から除外する判断も検討すべきです。
2025年の歴史的転換点:de minimis制度の一時停止
制度停止に至った背景
2025年7月30日、米国政府は「全ての国を対象とした小額免税待遇の停止」に関する大統領令を発出しました。この決定の背景には、フェンタニルなど致死性薬物の蔓延や国境管理上の緊急事態があります。小口貨物が違法薬物流入の温床となっている現状や、中国発ECサイトによる過剰な関税逃れへの国内業界からの批判を受け、米政府は国家非常事態権限を用いてde minimis特例を停止する決断を下しました。
2025年8月29日からの新体制
2025年8月29日午前0時1分(米東部時間)以降、CBPは一切のSection 321申告(de minimis申告)を受理しない運用へ切り替えました。これにより、あらゆる国から米国に入る貨物について、金額に関わらず正式ないし略式の通常輸入申告と関税・税金の納付が必要となりました。
国際郵便についても、従来の免税小包は課税対象となり、郵便事業者等「指定事業者」が関税を徴収・納付する新プロセスが導入されています。これは中国・香港原産貨物への適用から始まり、最終的に全世界へ拡大された段階的措置の結果です。
越境EC事業者への実務的影響と対策
制度停止による immediate な影響
de minimis特例の停止により、越境EC事業者は以下のような immediate な影響に直面しています。
通関コストと時間の増加が最も顕著です。米国の複数メディアが報じたところによれば、貨物の通関遅延が増え、配送までのリードタイムを見通しづらくなった事例が相次いでいます。
価格競争力の低下も深刻です。SHEINやTemuは2025年4月以降、相次いで米国向け商品の値上げを実施しました。中国発の免税特例廃止に伴い、関税相当分を価格に上乗せせざるを得なくなったためです。予想以上の関税額が商品価格に上乗せされたことで、商品購入者が不満を持ち、商品をキャンセルしたり、購入したECモールの商品ページで低評価を付けたりするケースも報告されています。
事業者が取るべき戦略的対応
制度変更を受けて、越境EC事業者には以下のような戦略的対応が求められます。
米国内在庫の確保は有力な選択肢です。免税特例が使えない以上、海外から毎回直送するより、米国内のフルフィルメント拠点にまとめて在庫を送り、国内配送する方が有利になる可能性があります。大量輸送による送料効率や通関のスケールメリットでコストを抑え、米国内配送に切り替える戦術です。
商品価格戦略の見直しも不可欠です。関税コストを商品価格や送料に転嫁するか、自社で吸収するかの判断が必要です。低価格戦略を維持するため自社負担で関税を払い続けることは利益圧迫となり、持続可能性に疑問符が付きます。商品選定や販売価格の再設定、マーケティング上の付加価値提供など、中長期的な戦略調整が必要でしょう。
コンプライアンス強化は最も重要な対応です。デミニミス制度廃止後は、原産国やHTSコード10桁を商業インボイスに明記する必要があります。一般的に、輸入国の税関が輸入対象品のHTSコードの正誤を決定するため、輸出者がHTSコードを十分に確認せずに郵送すると、税関で疑義が生じ、留置きや通関遅滞、課徴金などにつながる可能性があります。
まとめ:変化する規制環境への適応が鍵
米国de minimis $800ルールは、越境EC拡大の原動力となった一方で、規制の網をかいくぐる手段ともなり課題を孕んでいました。2025年8月の制度停止は、米国向け越境ECビジネスにとって「ゲームチェンジャー」となる歴史的転換点です。
制度の恩恵で安価な海外製品が無数に米国市場へ直送されていた時代は終わり、今後は関税コストの上昇、通関手続きの複雑化、配送時間の増加といった新たな課題に対応する必要があります。一方で、この変化は米国内の小売業界にとっては公平な競争環境の回復を意味し、品質やサービスで差別化できる事業者にとっては新たなチャンスとも言えます。
越境EC事業者にとって重要なのは、規制環境の変化を正確に把握し、コンプライアンスを徹底しながら、柔軟にビジネスモデルを適応させていくことです。公式情報に常にアップデートし、通関の専門家と連携しながら、持続可能な越境ECビジネスを構築していくことが求められています。
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