米国市場は、その巨大な消費規模と購買力により、日本企業にとって極めて魅力的な輸出先です。しかし、この市場への参入には、世界でも類を見ない複雑な規制環境という重大な障壁が存在します。米国の法制度は「二重主権」の原則に基づき、連邦政府と州政府がそれぞれ独自の規制権限を持つため、輸出企業は両方のレベルで異なる要件を同時に満たす必要があります。
本記事では、米国市場への参入を目指す日本企業が理解すべき主要な規制ハードルについて、連邦レベルの基礎的要件から州独自の厳格な規制まで、包括的に解説します。
連邦規制の基盤:すべての輸入品が通過する関門
米国税関・国境警備局(CBP)による水際執行
米国へのすべての物品輸入は、米国税関・国境警備局(CBP)の管轄下で行われます。CBPは単なる関税徴収機関ではなく、FDA、CPSC、EPA、USDAなど複数の連邦機関の代理として、その規制を国境で執行する最前線の法執行機関です。
米国の輸入制度を特徴づけるのが「インフォームド・コンプライアンス」の原則です。これは、輸入商品の分類、評価、関税率申告の法的責任が、CBPではなく輸入者自身にあることを意味します。輸入者は自社製品に適用されるすべての法規制を熟知し、正確な情報をCBPに提供する「合理的な注意」を払う義務を負います。法律の不知は抗弁にならず、申告の誤りはすべて輸入者の責任となるため、信頼できる通関業者との連携は単なる物流上の便宜ではなく、リスク管理における戦略的パートナーシップとなります。
貨物到着後15暦日以内に提出が必要な輸入申告書類には、エントリーマニフェスト、コマーシャルインボイス、パッキングリスト、保証証券の証明、そして特定製品に必要な許認可書類が含まれます。これらの書類は正確性が極めて重要であり、不備があれば貨物の留置や輸入拒否につながる可能性があります。
近年、800ドル以下の少額貨物に適用されていた「デミニマス免税」制度が大きく変容しています。この制度を利用した輸入が急増し、関税回避や違法物品密輸の抜け穴として悪用される懸念から、米国政府は特定国からの貨物や特定製品カテゴリーについて免税を撤廃する方針を強化しています。特にFDA規制品については、800ドル未満でも完全な電子申告が義務化されるなど、少額貨物の輸入環境は厳格化の方向にあります。
食品医薬品局(FDA)の厳格な審査体制
FDAは米国内で消費される製品の安全性と有効性を確保する広範な権限を持ち、食品、医薬品、医療機器、化粧品、栄養補助食品など多岐にわたる製品を規制しています。
FDA規制品を米国に出荷する前に完了すべき重要な手続きとして、食品関連施設の登録(2年ごとの更新が必要)、食品貨物の事前通知(Prior Notice)のオンライン提出、医療機器の施設登録と製品リスティングなどがあります。これらを怠ると、製品は国境で留置または拒否されます。
ラベリング規制も厳格です。食品表示では栄養成分表示、主要8品目のアレルギー物質表示、内容量、原材料リストが義務付けられています。特に注意すべきは、製品が病気の診断・治療・予防に効果があるといった「非承認の医薬品クレーム」です。栄養補助食品や化粧品がこのような表示を行うと、FDAから警告を受け、「未承認医薬品」として輸入が差し止められます。
FDAの執行ツールとして、予測的リスク評価スクリーニングシステム(PREDICT)による電子審査があります。このシステムは製品の種類、原産国、そして何よりも製造業者と輸入業者の過去のコンプライアンス履歴を評価し、リスクの高い貨物を特定します。過去に違反が確認された企業は「輸入アラート」リストに掲載され、以降のすべての貨物が物理的検査なしで自動的に留置される可能性があります。留置解除には、民間試験機関による分析などを通じて安全基準適合を証明する必要があり、多大な時間と費用を要します。
消費者製品安全委員会(CPSC)による子供向け製品の保護
CPSCは消費者製品による不合理な傷害や死亡リスクから米国公衆を保護する使命を担い、特に子供向け製品には非常に厳格な基準を設けています。
2008年制定の消費者製品安全改善法(CPSIA)は、CPSCの権限を大幅に強化しました。同法における「子供向け製品」とは、主として12歳以下の子供による使用を意図して設計された製品を指します。
強制的な試験と認証制度がコンプライアンスの中核です。一般消費者向け製品には一般適合証明書(GCC)、子供向け製品には子供向け製品証明書(CPC)の発行が義務付けられています。GCCは「合理的な試験プログラム」に基づく自己宣言ですが、CPCはCPSC承認の第三者試験機関での試験結果に基づく必要があり、客観的な外部検証が強制されます。
化学物質規制では、世界最高水準の厳格さが特徴です。塗料や表面コーティングの鉛含有量上限は乾燥状態で0.009%(90ppm)、製品基材の鉛総量は原則100ppm以下です。フタル酸エステル類については、DEHP、DBP、BBPを0.1%超含有することが恒久的に禁止され、DINP、DIDP、DnOPなども子供が口に入れる可能性のある製品で暫定的に禁止されています。
CPSCはCBPと連携して輸入製品を水際でスクリーニングし、基準不適合と判断された製品の輸入を差し止めます。市場で販売後に安全上の欠陥が発見された製品はリコール対象となり、企業に多額の費用負担とブランド信頼性の深刻な損失をもたらします。
環境保護庁(EPA)と農務省(USDA)の専門規制
製品の種類によっては、EPAやUSDAが定める追加規制への対応が必要です。
EPAは大気浄化法に基づき、米国に輸入されるすべての自動車、オートバイ、エンジンの排出ガス基準を規制しています。米国基準に適合しない車両は原則として輸入できませんが、認定された独立商業輸入業者による改造・試験・認証を受けるか、研究・展示などの特定目的でEPA免除許可を得た場合に限り一時的輸入が認められます。また、有害物質規制法(TSCA)に基づき、米国内で製造または輸入される化学物質を広範に規制する権限も有しています。
USDAは米国農業を外国の病害虫から保護し、食肉、鶏肉、卵製品の安全性を確保する役割を担います。規制対象は生肉、鶏肉、卵製品、生鮮果物・野菜、植物、種子、土壌など農業関連品目全般に及びます。多くの植物や動物製品の輸入には、動植物検疫サービス(APHIS)から事前の輸入許可証取得が必要です。植物や植物製品については、輸出国政府の植物保護機関発行の「植物検疫証明書」を添付し、既知の有害な病害虫に感染していないことを証明する必要があります。
州独自規制の複雑性:パッチワーク状態への対応
連邦法が米国市場全体の最低基準を定める一方で、輸出企業にとって最も複雑で予測困難な課題は、各州が独自に定める規制です。特に環境保護や消費者安全の分野では、多くの州が連邦法よりはるかに厳しい独自法律を制定しており、企業は州ごとに異なる要求事項に対応する「パッチワーク」状態に直面します。
カリフォルニア州プロポジション65の特異性
カリフォルニア州の「プロポジション65(Prop 65)」は、米国州独自規制の中で最も影響力が大きく特徴的な法律です。1986年に住民投票で制定されたこの法律は、製品販売を禁止するのではなく、がんや先天性異常、生殖障害を引き起こす可能性のある化学物質について、消費者が「知る権利」を保障することを目的としています。
この法律は、従業員10人以上の事業者がカリフォルニア州内で製品を販売・流通させる場合に適用され、事業者の所在地は問われません。つまり、カリフォルニア州に拠点を持たない日本企業でも、eコマースなどを通じてカリフォルニア州の消費者に製品を販売すれば対象となります。
約1,000種類以上のリスト化された化学物質を含む製品について、「明確かつ合理的な警告」表示が義務付けられています。2018年改定規則では、警告表示に黄色の三角形内の黒い感嘆符、太字大文字の「WARNING」、少なくとも一つのリスト掲載化学物質名、州の公式ウェブサイトへのリンクを含めることが求められます。
Prop 65を特に厄介にしているのが、そのユニークな「私的執行制度」です。州の司法長官や地方検事だけでなく、「公益のために行動するいかなる個人」も違反疑いのある事業者に対して訴訟を提起できます。この制度により、弁護士事務所や消費者団体が警告表示のない製品を探し出し、違反通知を送付して和解金を目的とした訴訟を起こす「ビジネス」が生まれました。
2023年のデータによると、和解による平均費用は約25,000ドルに達し、訴訟内容によっては数十万ドルに及ぶケースもあります。最も頻繁に指摘される化学物質は鉛、フタル酸エステル類、カドミウムなどで、アパレル、雑貨、食品、電子機器など極めて広範な製品が対象となっています。
企業の対応戦略は、製品に含まれるリスト掲載化学物質を特定して暴露量がセーフハーバーレベル以下であることを科学的に証明するか、訴訟リスク回避のため予防的に警告表示を行うかに大別されます。全国展開する小売業者やeコマース事業者は、在庫管理の複雑さを避けるため、カリフォルニア州法準拠の警告表示を全米で販売するすべての製品に適用する傾向があり、一つの州法が全米の製品ラベリングに影響を与えるという顕著な波及効果が見られます。
ワシントン州やPFAS規制の台頭
ワシントン州の子供向け安全製品法(CSPA)は、Prop 65とは異なるアプローチを取る州法の好例です。この法律は、州内で販売される子供向け製品に「子供への高懸念化学物質(CHCCs)」リスト掲載の約85種類の化学物質が意図的に添加されているか一定濃度以上含まれている場合、製造業者に州環境局への報告を義務付けています。報告はオンラインポータルを通じて行われ、CSPAは連邦法CPSIAより規制対象化学物質の範囲が広く、特定化学物質についてより厳しい含有量制限を設けている場合があります。
近年最も急速に規制が拡大しているのがPFAS(ペルフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物)です。「永遠の化学物質」とも呼ばれるPFASは、その残留性と潜在的健康影響から大きな社会問題となっています。連邦レベルでは消費者製品に含まれるPFASを包括的に禁止する法律がまだ存在せず、この規制の空白を埋める形で、メイン州やミネソタ州を筆頭に多くの州が食品包装材、化粧品、アパレル、カーペット、調理器具など特定製品カテゴリーで「意図的に添加された」PFASの使用を禁止する法律を次々と制定しています。
問題は、これらの州法が禁止対象となる製品カテゴリー、PFASの定義、施行時期においてそれぞれ異なることです。このPFAS規制の「パッチワーク」は、全国的なサプライチェーンを持つ企業にとって悪夢のようなコンプライアンス課題を生み出しており、企業は急速に変化する州法のマトリックスを常に追跡し、州ごとに製品成分を変更するか、最も厳しい州の基準に合わせて全米で販売する製品を統一するかという困難な戦略的選択を迫られています。
連邦法先占と市場アクセス認証の理解
連邦法の先占(Federal Preemption)の原則
連邦法と州法が衝突した場合、どちらが優先されるかを決定するのが「連邦法の先占」原則です。この原則の根拠は合衆国憲法第6条の「最高法規条項」にあり、合衆国憲法および連邦法が「国の最高法規」であり、これに反する州法は無効となることを定めています。
先占には明示的先占(連邦法が州法による規制を明示的に禁止)と黙示的先占(裁判所が連邦議会の意図を解釈して先占を認める)があります。黙示的先占にはさらに、連邦の規制体系が非常に包括的で州が規制する余地を残さなかった「領域先占」と、連邦法と州法の両方を同時に遵守することが不可能または州法が連邦法の目的達成の障害となる「抵触先占」があります。
輸出企業にとって重要なのは、連邦法が州規制に対して「床(最低基準)」として機能するのか「天井(上限)」として機能するのかという点です。多くの連邦環境・安全法は全米で遵守すべき最低基準を定めつつ、州がより厳しい基準を設けることを明示的に許可しています。この「フロア」モデルが、プロポジション65や各州のPFAS禁止法が連邦法と並存できる法的根拠です。一方、連邦法が規制の上限を定め州のそれ以上の規制を一切禁じる「シーリング」の場合もあります。
市場アクセスのための民間認証の重要性
法規制遵守は必要条件ですが、それだけでは米国市場での成功は保証されません。多くの製品カテゴリーで、民間第三者機関による安全認証が小売業者や消費者からの信頼獲得と市場アクセスの事実上の必須条件となっています。
UL認証は法的には任意ですが、米国内で販売されるほとんどの電気・電子製品にとって事実上の必須条件です。大手小売業者、流通業者、建設業者、保険会社がリスク管理と賠償責任の観点から製品にUL認証を要求することが一般的であり、多くの地方自治体の電気設備規定がUL規格を引用しているため、UL認証なしでは設置が許可されない場合もあります。認証取得プロセスは申請、製品サンプル提出、UL規格に基づく試験、製造工場の初回検査および定期フォローアップ検査から構成され、費用は製品の複雑さにより数千ドルから数万ドル、期間も数ヶ月を要する可能性があります。
Wi-FiやBluetooth、デジタル回路など無線周波エネルギーを放出する可能性のある電子機器は、米国で販売または輸入される前に連邦通信委員会(FCC)の認可を受ける必要があります。FCCの認可プロセスには、電波干渉リスクが比較的低い機器向けの供給者適合宣言(SDoC)と、意図的に電波を発信する送信機向けのより厳格な認証(Certification)の二つの経路があります。認証の場合、認定試験所で試験を行い、その結果を電気通信認証機関に提出して正式な認証(FCC ID)を取得する必要があり、SDoCよりも費用と時間がかかります。
戦略的コンプライアンス体制の構築
プロアクティブなアプローチの重要性
米国市場における規制コンプライアンスは、出荷直前の付け焼き刃の対応ではなく、製品ライフサイクル全体にわたる継続的プロセスとして捉えるべきです。
各製品について設計・調達の最終決定前に、適用される可能性のあるすべての連邦法、州法、商業上の要求事項を網羅した「規制マップ」を作成することが推奨されます。このボトムアップアプローチにより、後工程での高コストな設計変更やリコール、販売機会の損失を未然に防ぐことができます。
コンプライアンスの責任は最終的に輸入者にありますが、その成否はサプライチェーンの上流に大きく依存します。すべての部品・原材料供給業者および製造委託先に対して、必要なコンプライアンス関連文書を提供する能力があるかを厳格に評価し、契約に盛り込むことが不可欠です。
特に急速に変化する州レベルの規制動向を継続的に監視し対応するため、社内に明確なコンプライアンス体制を構築することが重要です。規制情報提供専門サービスへの加入や、米国規制担当のコンプライアンス責任者任命などが含まれます。技術部門、法務部門、調達部門、マーケティング部門が連携し、規制情報を全社的に共有する仕組みを整えるべきです。
支援システムの積極的活用
日本貿易振興機構(JETRO)は、米国への輸出を目指す日本企業に対して非常に価値のある支援サービスを多数提供しています。貿易投資相談窓口では輸出制度、現地の輸入規制、手続きに関する質問に専門アドバイザーが無料で対応し、海外ビジネスに精通した専門家が個々の企業の状況に合わせて輸出戦略策定から商談立会い、契約締結までを一貫してサポートする踏み込んだ支援も提供されています。
JETROが主催する海外展示会への出展支援や米国の有力バイヤーを招聘しての商談会は、効率的に販路を開拓する絶好の機会です。海外事務所ネットワークを活用し、現地の市場動向、競合情報、規制に関する詳細なレポートやミニ調査サービスも入手できます。
公的支援に加え、米国現地の専門家ネットワークとの連携が不可欠です。法律顧問はプロポジション65の違反通知への対応や複雑な契約交渉で、規制コンサルタントは各省庁の規制プロセスに精通し製品の分類や申請書類作成で、第三者試験機関は強制試験やデューデリジェンス試験で、通関業者はCBPの要求事項遵守と円滑な通関実現で重要な役割を果たします。
まとめ
米国市場は巨大な機会を提供する一方で、その扉を開く鍵は複雑かつ絶えず変化する規制環境への深い理解と戦略的対応にあります。コンプライアンスは連邦レベルの統一基準と州レベルの多様でより厳しい基準という二重構造であり、輸出企業は両方のレベルで万全の準備を整える必要があります。
成功への道筋は、規制を単発の「ハードル」や「コスト」として捉えるのではなく、製品開発からマーケティング、サプライチェーン管理に至る事業活動全体に組み込まれた中核的「ビジネス機能」として位置づけることから始まります。プロアクティブな情報収集、リスク評価、強靭な社内コンプライアンス体制の構築は必須の経営課題です。
幸いなことに、JETROや中小機構といった公的機関が提供する手厚い支援プログラムや、現地の法律・規制・通関の専門家からなる広範なネットワークが存在します。これらの内外のリソースを戦略的に活用し、信頼できるパートナーシップを構築することが、複雑な規制の海を航海し、米国市場での持続的な成功を収めるための最も確実な羅針盤となるでしょう。

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