米国でAmazon販売を行う日本人セラーの間で、「Amazonが税金を全部払ってくれるから、自分は何もしなくていい」という誤解が広がっています。この誤解の背景にあるのが、2018年以降に全米で導入されたMarketplace Facilitator Tax制度です。
確かにこの制度により、Amazonは多くの州で売上税の計算・徴収・納付を代行してくれます。しかし、これはセラーの税務義務のほんの一部に過ぎません。所得税、事業税、州ごとの報告義務など、セラー自身が対応しなければならない重要な税務が数多く残されています。
本記事では、Marketplace Facilitator Tax制度の正確な仕組みと適用範囲を解説し、「Amazonが代行してくれること」と「セラーが自分で対応すべきこと」を明確に区別します。誤解に基づく税務トラブルを避けるために、米国Amazon販売者が知っておくべき税務の全体像をお伝えします。
Marketplace Facilitator Tax制度とは何か
制度誕生の経緯:Wayfair判決から全米展開へ
Marketplace Facilitator Tax制度は、2018年6月の米国最高裁Wayfair判決を契機に急速に広まりました。この判決により、物理的拠点がない州でも一定の経済的活動(売上高や取引件数)があれば課税できるという「経済的ネクサス」の概念が確立されました。
オンラインマーケットプレイスでの取引が爆発的に増加する中、州政府は未徴収の売上税に着目しました。従来は個々のセラーが各州に税を納める必要がありましたが、小規模セラーの多くが適切に納税していない実態がありました。そこで州政府は、AmazonやeBayなどのマーケットプレイス運営企業を「販売業者」とみなし、税の徴収・納付義務を一括してプラットフォーム側に課す法律を次々と制定したのです。
現在の適用状況:45州+ワシントンD.C.で完全施行
2025年時点で、消費税(売上税)のある米国45州とワシントンD.C.のすべてでMarketplace Facilitator法が施行されています。売上税自体が存在しないデラウェア、モンタナ、ニューハンプシャー、オレゴン、アラスカ(州レベル)を除く、実質的に全米で適用されている状態です。
施行時期は州ごとに異なり、先駆けとなったワシントン州が2018年1月、ペンシルベニア州が2018年4月に開始しました。大規模市場であるカリフォルニア州は2019年10月1日、フロリダ州は2021年7月1日、ミズーリ州は2023年1月1日からそれぞれ施行しています。
Amazonが代行する税の具体的範囲
基本的にAmazonが代行するのは**州および地方の売上税(Sales TaxおよびUse Tax)**です。多くの州では、州税だけでなく郡や市などの地方税も含めてマーケットプレイス事業者に徴収義務を課しています。
ただし州によって細かな違いがあります。例えばアイダホ州では、州外のマーケットプレイス事業者は州税のみを徴収する義務があり、地方の付加税は対象外です。アラスカ州は州消費税がないものの、100以上の自治体が独自の消費税を課しており、年間売上10万ドル超のマーケットプレイス事業者にはそれらの徴収義務が課されます。
さらに一部の州では、売上税以外の特定料金もマーケットプレイスが代行徴収します。カリフォルニア州では2022年1月以降、電子廃棄物リサイクル料金、鉛蓄電池手数料、タイヤ料金、木材製品税といった環境関連手数料についても、マーケットプレイス事業者に登録・徴収・納付義務が追加されました。カンザス州でも2022年4月以降、プリペイド携帯の緊急通信税(911利用料)の徴収義務が課されています。
重要なのは、所得税や事業収益税はこの制度の対象外である点です。Amazonが代行するのはあくまで売上税関連に限定されます。
州ごとの違いと適用条件の複雑さ
売上規模しきい値の州別比較
マーケットプレイス事業者に課税義務を課す条件として、多くの州は売上高や取引件数の閾値を設けています。典型的には「年間売上高10万ドル超または200件超の取引」を基準とする州が多いですが、州の規模や政策によって条件は異なります。
アラバマ州では年間25万ドル超、カリフォルニア州では年間50万ドル超がしきい値となっています。この閾値は、遠隔地事業者に課す経済的ネクサス基準と同様の考え方に基づいています。
セラーの登録・申告要件の州別差異
マーケットプレイスが税を代行するとはいえ、州によってはセラーに対し引き続き販売税の登録や申告を求める場合があります。この点が多くのセラーの混乱を招いています。
コロラド州やコネチカット州では、マーケットプレイス経由のみの売上であっても、既に取得済みの販売税許可証をすぐには取り消さないよう推奨しています。引き続き年次申告などが必要なためです。
一方、カリフォルニア州やアラバマ州では、マーケットプレイスだけで販売している事業者は州税当局への登録義務が免除され、許可証を取り消すことも可能です。カリフォルニア州税務当局(CDTFA)は「2019年10月1日以降、すべての販売がマーケットプレイス事業者経由で行われ、その事業者が税を納める場合、セラーは販売業者として登録不要」と明確に案内しています。
ただし、自社サイトでの直販や当該州内での店舗販売など、マーケットプレイス以外での売上が一部でもある場合は登録・申告義務が残ります。さらに州によっては、マーケットプレイス経由売上も含めた総売上が経済ネクサス閾値を超えるだけで登録が必要なケースもあります。
特殊な税制を持つ州の事例
ハワイ州は売上税ではなく総合消費税(General Excise Tax, GET)という形態のため、マーケットプレイスに徴収義務を課しつつもセラー自身にも一部負担を求める特殊な運用があります。
ペンシルベニア州などは、マーケットプレイスから収集した税額を把握するためにセラーにも情報提供を課す制度があります。このように、「税の納付」はAmazonでも「申告・報告」の一部はセラーが引き続き行う必要があるのです。
「Amazonが全部払ってくれる」という危険な誤解
誤解が生まれた背景
2018年以降、各州で次々と「Amazonがセラーに代わって消費税を納める」という旨の発表や通知が行われました。この情報を受けて、特に新規参入したセラーの間で「もう自分で税金を処理しなくて良い」という安心感が広がりました。
Amazon側の公式アナウンスやヘルプも「マーケットプレイス法施行州への販売に関してAmazonが売上税を代行納付する」という趣旨に留まっており、それ以外の税務についてセラー責任がなくなるとは一切謳っていません。しかし、こうした細かな注意書きを見逃したセラーが、誤った理解のまま事業を継続するケースが後を絶ちません。
実際には、マーケットプレイスでの売上税代行によってセラーの税務負担が一部軽減される反面、別種の税義務や手続きは依然としてセラー自身に課されています。
セラーに残る連邦税・州税の義務
連邦所得税(Federal Income Tax)
Amazonで得た収益は通常の事業所得として扱われるため、個人事業主・法人を問わず毎年IRS(国税庁)への所得税申告・納税が必要です。Amazonは年間売上についてForm 1099-Kを発行しIRSにも報告しますが、所得税の計算・申告・納付はセラー自身の責任となります。
Amazonがセラーの代わりに所得税を源泉徴収したり納付したりすることは一切ありません。売上税の代行徴収と所得税は全く別の課税分野であり、混同してはいけません。
州・地方の所得税・事業税
セラーが所在する州や事業を行っている州によっては、州所得税や事業税(フランチャイズ税、営業税、粗利税など)の申告納税義務も発生します。
カリフォルニア州に拠点があれば州所得税申告が必要ですし、テキサス州では一定以上の総収入がある企業にフランチャイズ税(事業受益税)の申告義務があります。マーケットプレイスでの販売に対する売上税代行とは別に、こうした所得・事業課税については各セラーが適切に申告・納税しなければなりません。
他チャネルでの売上に対する売上税
Amazon以外にも自社ECサイトや他のマーケットプレイス(独自ウェブストア、eBay、Etsy、実店舗販売)がある場合、それら経由の売上については依然としてセラーが売上税を徴収・納税する責任があります。
マーケットプレイス法は「当該マーケットプレイス上の取引」に限定された措置なので、他チャネル分まで免除されるわけではありません。複数のチャネルで販売している場合、各チャネルごとに税務対応が異なることを理解しておく必要があります。
Amazonが代行しない税務業務の全体像
記帳・帳簿管理はセラーの責任
売上や経費の記録、帳簿の作成・保管はセラー自身で行います。Amazonからは取引レポートや年間サマリー(1099-Kなど)が提供されますが、日々の経理処理や収支管理、領収書の保存などは各事業者の責務です。
税務調査に備えて、売上税が免除された取引(非課税商品や州外取引)の記録も自分で保持する必要があります。特に複数州で販売している場合、州ごとの売上内訳を正確に把握しておくことが重要です。
税務申告書の作成・提出
連邦・州の所得税申告書や、必要に応じて各州の売上税申告書(ゼロ申告含む)を作成して提出するのはセラーの役割です。Amazonは税額の計算・徴収は行いますが、セラーの納税申告書類の作成代行までは行いません。
多州にビジネスを展開している場合、それぞれの州で必要な税務申告を漏れなく行う必要があります。州ごとに申告期限や様式が異なるため、カレンダー管理や専門家のサポートが不可欠です。
税務コンプライアンス全般の管理
事業を行う上で求められる各種税法上の登録・許可取得(事業者登録、販売税許可証、納税者番号の取得など)や、税務調査への対応、納税計画の立案(四半期ごとの推定税額支払い等)といった業務もセラー自身で管理しなければなりません。
Amazonは個別事業者の税務戦略や遵法状況までフォローしないため、必要に応じて税理士・会計士の助言を受けながら対応することが強く推奨されます。特に事業規模が拡大してきた段階では、専門家による包括的な税務レビューを受けることをお勧めします。
誤解に起因するトラブル事例
ケース1:販売税許可証の無断失効
「Amazonが税金対応してくれるからもう登録不要だろう」と考え、一部のセラーが州の販売税許可証を勝手に解約してしまう事例があります。
しかし州によっては前述の通りマーケットプレイス売上の報告義務が残る場合があり、許可証を失効させた結果、申告漏れや無許可営業状態とみなされるリスクがあります。各州税務当局や専門家は「マーケットプレイスのみで販売する場合でも、すぐに許可証をキャンセルせず当局の指示に従うべき」と注意喚起しています。
ケース2:過去の未納税責任の失念
マーケットプレイス法施行以前(Amazonが代行徴収する前)の期間に発生した売上税や、マーケットプレイス法の適用外だった州への販売に係る売上税について、セラー自身が過去に未徴収・未納付であった場合、その責任は消えません。
Amazonが税を代行するのは「法律施行後の取引」に限られるため、各州は必要に応じて過去の遡及課税や調査を行う可能性があります。実際、マーケットプレイスから提供される取引データを元に、州税務当局がセラーの過去の納税状況を精査し追徴を求めるケースも報告されています。
Amazonも公式に「法律施行前の取引や他プラットフォームでの売上税についてはセラーの責任」であることを明言しています。過去の未納税について心当たりがある場合は、早期に専門家に相談し、自主的な修正申告を検討すべきです。
ケース3:所得税の申告漏れ
売上税が代理納付されることで安心し、事業収益に対する所得税の申告・納付を怠ってしまうセラーも稀にいます。
しかし所得税は全く別の課税分野であり、未申告であればIRSや州税務当局から延滞税・罰金を科されるリスクがあります。Amazonが発行する1099-Kフォームは税務当局にも共有されているため、申告漏れは遅かれ早かれ発覚します。
Amazon公式情報でも「売上税の自動徴収はしているが、各種税申告については専門家への相談を推奨」すると案内しています。
公式情報の正しい読み解き方
Amazonヘルプの記載範囲と限界
Amazonや州税務当局はそれぞれ公式サイトやヘルプページでマーケットプレイス税制について説明を提供していますが、その内容は主に「どの税を誰が納めるか」にフォーカスしており、セラーの残る義務に関する周辺事項は断片的です。
Amazonのヘルプでは「特定州ではAmazonが売上税を計算・徴収・納付する」と明記されていますが、「ではセラーは登録を取り消してよいか」「所得税はどうなるか」までは踏み込んでいません。このため公式情報を表面的に捉えたセラーは誤った安心感を持ちやすくなります。
信頼できる情報源の活用
対策として、米国税理士協会(AICPA)や各州税務当局のQ&A、信頼できる税務専門サイトが発信する解説を参照し、包括的に理解することが重要です。
例えばWolters Kluwer社の税務解説では「マーケットプレイス法でセラーが完全に免責になるわけではない」理由として、他経路販売や情報提供義務、誤った税分類による責任などが挙げられています。Avalara社やTaxJar社といった税務コンプライアンス企業による州別ガイドも、実務的な観点から非常に参考になります。
公式情報と照らし合わせながら多角的に確認することで、誤解によるトラブルを未然に防ぐことができます。
まとめ:Amazonセラーが取るべき税務対応
Marketplace Facilitator Tax制度により、Amazonは米国45州+ワシントンD.C.で売上税の計算・徴収・納付を代行してくれます。これはセラーの税務負担を大きく軽減する画期的な仕組みです。
しかし、「Amazonが税金を全部払ってくれる」という誤解は非常に危険です。実際には以下の重要な税務義務がセラーに残されています。
- 連邦所得税と州所得税の申告・納付
- 事業税・フランチャイズ税などの州・地方税
- Amazon以外のチャネルでの売上に対する売上税
- 州によっては継続する販売税許可証の保持と報告義務
- 日々の記帳・帳簿管理
- 税務申告書の作成・提出
- 過去の未納税責任(法施行前の期間)
米国Amazon販売で成功するためには、Marketplace Facilitator Tax制度の正確な理解と、自身の税務責任の明確な把握が不可欠です。不明点がある場合は、米国税務に詳しい税理士・会計士に早めに相談することを強くお勧めします。
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