アメリカのマーケットプレイス・ファシリテーター法とは
米国でECビジネスを展開する事業者にとって、税務コンプライアンスは避けて通れない重要な課題です。特に近年、「マーケットプレイス・ファシリテーター法」の施行により、オンライン販売における売上税の取り扱いが大きく変化しました。この法律は、Amazon、eBay、Etsyといった大手マーケットプレイス事業者に対し、出品者に代わって売上税を計算・徴収・納税することを義務付ける州法です。
従来の制度では、販売者が販売先の州に物理的拠点を持たない場合、その州への売上税徴収義務は発生せず、代わりに購入者が居住州で使用税を自己申告する建前でした。しかし、実際には使用税の申告率は低く、州政府の税収流出が深刻な問題となっていました。
2018年の米国最高裁判決(サウスダコタ州対ウェイフェア判決)を契機に、各州は物理的拠点のない事業者にも課税できる「経済的ネクサス」制度を整備し、併せてオンライン販売の急増による税収確保策として、マーケットプレイス・ファシリテーター法が全米で相次いで可決・施行されました。
全米適用状況と州ごとの制度の違い
適用州の拡大状況
2025年現在、売上税を課している米国の45州およびワシントンD.C.のほぼ全てでマーケットプレイス・ファシリテーター法が施行されています。最も早く導入したワシントン州(2018年1月)から、最後に施行したミズーリ州(2023年1月)まで、段階的に全米に拡大しました。
州税が存在しないデラウェア州、モンタナ州、ニューハンプシャー州、オレゴン州は本法律の対象外ですが、アラスカ州では州税はないものの、一部自治体で共同組織を通じてマーケットプレイス課税を導入しています。
州ごとの適用基準の違い
各州で定められている適用条件には重要な違いがあります:
アラバマ州: 州内年間売上高が25万ドル超のマーケットプレイスに代理徴収義務が課されます。
アーカンソー州: 前年度または当年度の売上が10万ドル以上(または200件超の取引)である場合に課税義務が発生します。
カリフォルニア州: 年間売上50万ドル超という閾値を設けつつ、いったん適用対象となったマーケットプレイスについては州内での全取引に対して税の徴収・納付を義務付けています。
Amazon規模の大手プラットフォームであれば、実質的に全ての適用州で基準を満たしているため、どの州でも自動的に売上税の徴収・納付が行われている状況です。
Amazon等における売上税代理徴収の詳細な仕組み
税額計算から納付までの自動化プロセス
マーケットプレイス・ファシリテーター法の下で、Amazonをはじめとする主要プラットフォームは、以下の一連の売上税処理を自動化しています:
1. リアルタイム税額計算 購入者が注文を確定する際、プラットフォーム側で配送先住所と商品カテゴリに基づき、適用すべき売上税率を自動計算します。この計算は、購入者の居住州・地域の税法に従って瞬時に実行され、個々の販売者の州内売上高を確認することなく実施されます。
2. 購入時の自動徴収 計算された売上税額は購入代金とともに顧客から自動徴収されます。チェックアウト時に売上税が明示的に表示され、プラットフォームがその税額を源泉徴収する形となります。
3. 州政府への定期納付 マーケットプレイスは各州の税務当局に対し、自社名義で売上税申告書を作成し、徴収した税金を所定の頻度(多くは毎月または四半期ごと)で納付します。販売者がこれらの税金を受け取ることはなく、プラットフォームが預かって直接納税する仕組みです。
4. 返品・返金時の税務処理 商品返品時には、商品代金とともに売上税も自動的に払い戻され、必要に応じてプラットフォームが州から該当分の税金を回収調整します。
適用対象プラットフォームの区分
重要な点として、この代理徴収の仕組みが適用されるのは、各州法上「マーケットプレイス事業者」とみなされるプラットフォームに限定されます。Amazon、eBay、Etsyなどは該当しますが、Shopifyのように単にネットショップ開設を支援するプラットフォームの場合、税額計算機能は提供しても州への納税までは代行しないケースがあります。
出品者(第三者セラー)への具体的な影響
売上税業務負担の大幅軽減
マーケットプレイス・ファシリテーター法により、第三者販売者の売上税関連業務は劇的に簡素化されました。従来必要だった以下の作業が不要になります:
- 複数州の税率調査と管理
- 州ごとの売上税計算
- 顧客からの税金徴収
- 各州への税金送金手続き
特に小規模事業者にとって、多数の州の税率管理や納税手続きは大きな負担でしたが、マーケットプレイス利用分については完全に自動化されています。
残存する申告義務への注意点
ただし、売上税の納付がマーケットプレイスに移管されても、販売者の申告義務まで自動的に免除されるわけではありません。州によっては、以下のような義務が継続する場合があります:
物理的ネクサスがある州での登録義務: 販売者が当該州に事業所や在庫拠点を有する場合、プラットフォームが税金を納めていても販売者自身がその州に登録し、売上報告(場合によっては税額0の申告)を行う義務がある州もあります。
申告書への記載義務: カリフォルニア州では、登録済みのマーケットプレイス上で販売する限り販売許可証の申請は不要ですが、他州では異なる取り扱いをする場合があります。
独自チャネル販売の税務義務継続
マーケットプレイス以外のチャネル(自社サイト、実店舗等)での売上については、引き続き販売者が売上税を管理する義務があります。各州の経済ネクサス要件を満たした場合、自ら売上税の登録・徴収・申告を行う必要があります。
日本企業が米国市場参入時に注意すべきポイント
市場参入ハードルの大幅低減
日本を含む海外事業者にとって、マーケットプレイス・ファシリテーター法の最大のメリットは税務コンプライアンスの簡素化です。米国各州の複雑な売上税制度を自分で管理することなく、全米の顧客に販売できるため、市場参入のハードルが大幅に下がりました。
FBA利用時の重要な注意点
物理的ネクサスの発生: AmazonのFBA(フルフィルメント・サービス)を利用し、米国内の倉庫に在庫を置く場合、結果的に多数の州に物理的なネクサスを持つことになります。FBA在庫は米各地の物流センターに分散配置されるためです。
登録・申告義務の継続: 物理的拠点がある州では、マーケットプレイスが代理納税している場合でも、販売者はその州で売上税の登録や申告義務を負うケースが多くあります。日本企業であってもFBA利用時には、自社が在庫を置く各州について売上税の届出・申告が必要か否かを確認し、適切に対応することが重要です。
経済ネクサスと複数チャネル販売への対応
直販サイトでの販売: Amazon以外のチャネル(自社サイト等)で米国顧客に直接販売する場合、各州の経済ネクサス基準を満たせばその州で自ら売上税を徴収・納税する義務が生じます。
売上高の合算: マーケットプレイス経由の売上も各州のネクサス判定に合算される場合があるため、純粋な海外からの直送であっても一定額を超えると州税務当局から登録を求められる可能性があります。
税務調査リスクと継続的なコンプライアンス
州当局による監視強化: 現在、Amazonなどはマーケットプレイス取引の情報を各州に定期的に報告しており、州当局はそのデータを基に未登録の販売者や過去の未納税分を把握できる体制を強化しています。
過去期間の追跡: 特にマーケットプレイス法施行前の期間の未納税分や、マーケットプレイス以外での売上については、各州が追跡を強めています。海外事業者であっても例外ではないため、「プラットフォーム任せだから大丈夫」と放置せず、自社の税務状況を定期的に確認することが重要です。
専門家への相談: 必要に応じて米国税務に詳しい専門家へ相談し、各州の最新ルールに従ったコンプライアンスを徹底することが、安全に米国ビジネスを継続する秘訣です。
まとめ:マーケットプレイス・ファシリテーター法の戦略的活用
マーケットプレイス・ファシリテーター法は、米国でのECビジネス展開において税務負担を大幅に軽減する画期的な制度です。特に海外事業者にとって、複雑な米国税制の理解なしに全米市場にアクセスできる機会を提供しています。
しかし、この制度を戦略的に活用するためには、残存する申告義務や、マーケットプレイス以外のチャネルでの税務要件を正確に理解することが不可欠です。特にFBA利用時の物理的ネクサスや、経済ネクサス基準による義務については、継続的な監視と適切な対応が求められます。
成功する米国進出のためには、マーケットプレイス・ファシリテーター法のメリットを最大限に活用しながら、各州の税務要件を遵守する包括的なコンプライアンス戦略の構築が重要です。
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