アメリカで買い物をする際、商品価格に加えて請求される「Sales Tax(州売上税)」は、日本の消費税とは大きく異なる独特な税制システムです。州ごとに税率や課税対象が異なり、連邦政府ではなく各州政府が管轄するこの制度は、アメリカの連邦制を象徴する重要な仕組みと言えるでしょう。
本記事では、Sales Taxの基本的な仕組みから税率の違い、事業者の役割、消費者への影響、そして1930年代から始まった導入の歴史的背景まで、包括的に解説していきます。
Sales Taxとは何か – アメリカ独自の州税システム
基本的な仕組みと特徴
Sales Tax(売上税)は、アメリカ合衆国において州政府が課す消費税の一種で、商品やサービスの販売時に購入者に課される間接税です。最も重要な特徴は、連邦政府ではなく各州および地方自治体が課税権を持つことです。
この制度では、売上税は小売段階での取引に対して適用され、最終消費者が税負担者となります。しかし、形式上は販売業者が税を預かり後に政府へ納付する仕組みとなっており、課税自体は事業者に対して行われますが、そのコストは購買者に転嫁されるため、経済的には消費者の支出に対する税と言えます。
連邦税との違い
アメリカ連邦政府は一般的な売上税を課しておらず、この点が日本の消費税制度と大きく異なります。連邦政府は累進的な所得税や特定物品への物品税(酒税・タバコ税・燃料税等)を主たる財源としており、ヨーロッパ諸国のような付加価値税(VAT)や全国一律の消費税は存在しません。
そのため、州政府が独自に消費課税を導入する余地が大きく、連邦と州で税源が住み分けられてきた経緯があります。現在、全米50州のうち45州とワシントンD.C.で売上税が導入されており、デラウェア、モンタナ、ニューハンプシャー、オレゴン、アラスカの5州のみが州レベルの売上税を課していません。
課税対象と税率 – 州ごとに異なる複雑な仕組み
課税対象の範囲
米国の売上税の課税対象は主に**有形の動産(商品)**であり、各州法によって具体的に定められます。基本的には小売販売されるすべての物品が課税対象ですが、各州は独自に非課税品目や軽減措置を設けています。
例えば、生活必需品である食料品については多くの州で売上税を課さないか減税対象としており、2023年時点で食料品に州税を課税している州は12州のみ(そのうち6州は通常税率より低減税率を適用)となっています。また州によっては医薬品、衣料品、教科書、生活用品などを非課税扱いにする例もあります。
一方、**サービス(役務)**の課税範囲は州ごとに大きく異なります。多くの州では売上税創設時に課税対象を「有形財の販売」と定義した経緯から、伝統的にサービスは積極的に課税対象とされず免税または除外されてきました。しかし例外としてハワイ州やニューメキシコ州のように、理美容や修理サービスから専門職サービスに至るまで幅広いサービスに売上税を課している州も存在します。
税率の地域差
売上税の税率は各州および地方政府が独自に決定するため地域により大きく異なります。州の基本税率はコロラド州の2.9%からカリフォルニア州の7.25%まで様々で、インディアナ州やテネシー州など多くの州が概ね6~7%台の税率を設定しています。
さらに複雑なのは、38の州では郡や市など地方自治体も追加的に売上税を課すことが認められている点です。消費者が実際に支払う総税率(州税+地方税)が10%を超える地域もあります。例えばカリフォルニア州では州税7.25%に各市郡の上乗せ分を加えた平均税率は約8.6%に達します。
徴収方法と事業者の役割
間接税方式による徴収
売上税は取引時に消費者から徴収され、販売事業者がそれを預かり税務当局に納付する間接税方式をとっています。具体的には、小売業者は商品の販売時に表示価格に税率を適用した税金を代金とともに顧客から受け取り、それを所定の申告期間ごと(多くの場合は毎月ないし四半期ごと)に州政府および該当する地方政府へ申告・納付します。
この過程で小売業者は「売上税徴収代理人」としての役割を果たし、各州で売上税の登録(許可証取得)を行った上で税の徴収・送金義務を負います。つまり、売上税を課されるような商品・サービスを提供する事業者は、その州において税務当局に登録し、定められたスケジュールで売上税額を報告・納付する義務があるということです。
信託税としての性格
売上税は「信託税(Trust Tax)」とも呼ばれ、事業者が預かった税金は州の資金として信託的に扱われる性格があります。このように売上税は事業者が一時的に預かって政府に納める形態をとりますが、最終的な税負担者は消費者です。
万一事業者が税金を滞納・未送金の場合、州政府からペナルティを課されるなど厳格に管理されているのも、小売業者に課せられた重要な責務と言えるでしょう。経済的には消費支出に対する課税であり、販売者に形式上課税されてもそのコストは価格転嫁によって消費者に負担されています。
消費者への影響と購買行動への効果
直接的な負担増加
売上税は消費者の購入段階で価格に上乗せされるため、消費者はレジで表示価格+税金を支払うことになります。例えば税率5%の地域では、100ドルの商品を購入すると計105ドルを支払うことになります。購入時に課税が明示されるため、消費者は税負担を直接実感しやすい仕組みです。
逆進性の問題
また売上税は所得にかかわらず一律の税率で課されるため、低所得者ほど所得に占める消費税負担の割合が高くなる傾向があり、逆進的な税制と評価されています。この逆進性への対策として、多くの州が前述のように食料品や医薬品を非課税扱いとしたり、低所得世帯に対する税額控除を用意するなどの措置を講じています。
例えばアイダホ州やオクラホマ州などでは食料品に課税する代わりに低所得者向けの所得税クレジットを提供し、負担緩和を図っています。
購買行動への影響
さらに消費者の購買行動にも売上税は影響を及ぼします。州によって税率が異なるため、高額商品の購入時に税率の低い州へ出向いて買い物をする、あるいはインターネットを利用して他州から取り寄せるといった行動が見られることがあります。
また近年、多くの州が「セールスタックス・ホリデー(Tax Holiday)」と呼ばれる期間限定の非課税措置を導入しています。例えば新学期前の週末に衣料品や学用品を一定額まで非課税とするなどの施策で、一時的に消費者の税負担を減らし購買意欲を高めようとする試みです。これらは消費者にとっては負担軽減となる一方、州財政への影響もあるため頻度や対象品目は州ごとに慎重に定められています。
なお、2018年の連邦最高裁判決「South Dakota v. Wayfair」以降、他州からのオンライン購入にも売上税徴収が及ぶよう法整備が進んだため、現在では純粋な非課税通販は難しくなっています。
Sales Tax導入の歴史的経緯
1930年代の世界恐慌が契機
アメリカにおける州売上税が本格的に導入されたのは20世紀に入ってからで、最初の一般的な小売売上税は1930年代に登場しました。歴史的には1932年にミシシッピ州が売上税法を成立させ、商品小売の売上高に対し2%の税を課したのが嚆矢とされています。
当時は世界恐慌の影響が深刻化していた時期でした。その後、税収減に悩む各州で売上税導入の動きが加速し、1930年代の終わりまでに計22州が売上税を施行しました。続く1940年代には新たに6州とワシントンD.C.が、1950年代にはさらに5州が売上税を導入しています。
導入の完了
1969年にバーモント州が州売上税を創設したのを最後に、現在に至るまで新規に売上税を導入した州はありません。結果として全米50州のうち45州とD.C.で売上税が導入されており、デラウェア、モンタナ、ニューハンプシャー、オレゴン、アラスカの5州のみが州レベルの売上税を課していません。
このように1930年代から60年代にかけて米国各州に売上税制度が広がった背景には、州財政の逼迫と安定財源確保の必要性がありました。
導入目的と背景 – なぜ州税として発展したのか
州の財源確保という主目的
州の財源確保という観点が、米国で売上税が導入された主たる目的です。売上税が広がった1930年代は世界恐慌による不況期で、多くの州で主な税収源だった不動産税(固定資産税)の滞納増加や評価額下落に伴う税収減、そして所得税収入の落ち込みが深刻化しました。
実際、1930年から1932年にかけて全米の地方税収入の柱であった不動産税はGDP比で急増しましたが、それは資産価値下落に対し評価額見直しが追いつかず名目税率を引き上げざるを得なかった苦肉の策でもあり、多くの納税者が納付困難に陥る事態を招いていました。
こうした税収危機への対処策として、消費に広く課税する売上税は「薄く広く徴収でき、景気変動にも比較的強い」新たな財源と期待されました。各州は売上税導入によって減少した税収を補填し、財政を安定化させることを目指したのです。
州財政における重要性の高まり
事実、売上税導入後は州財政におけるその存在感が急速に高まり、1947年には売上税が州税収の中で最大の単一税目となりました。以降も売上税は州政府の主要収入源の一つとなり、2016年時点で全米45州平均で州税収の約34%を占めるまでになっています。
連邦税との役割分担
もう一つの背景要因は連邦税との役割分担にあります。アメリカ連邦政府は1913年の憲法修正により所得税課税権を獲得して以来、累進的な所得税や特定物品への物品税(酒税・タバコ税・燃料税等)を主たる財源としてきました。一方で、ヨーロッパ諸国のような付加価値税(VAT)や全国一律の消費税は導入されていません。
そのため州政府が独自に消費課税を導入する余地が大きく、連邦と州で税源が住み分けられてきた経緯があります。州の一般売上税や物品税は州財政の屋台骨となっており、もし連邦政府が新たに全国規模の消費税(例えば付加価値税)を導入すれば州の重要な税収基盤を侵食しかねません。
実際、米国で連邦消費税導入が議論される度に、州の売上税・物品税の存廃が問題となり州政府から強い反対の声が上がります。このような連邦・州間の調整の難しさもあって、アメリカでは州税たる売上税が発展・維持され、連邦レベルでは一般消費税が存在しない構造となっているのです。
まとめ
アメリカのSales Tax(州売上税)は、日本の消費税とは根本的に異なる独特な税制システムです。州ごとに税率や課税対象が異なり、事業者が徴収代理人として重要な役割を果たす間接税方式を採用しています。
1930年代の世界恐慌を契機として導入が始まったこの制度は、州の財源確保という明確な目的のもと、現在では45州とワシントンD.C.で実施されており、州財政の重要な柱となっています。連邦政府が一般消費税を持たないアメリカの連邦制において、州の自主財源として機能してきた歴史的経緯も、この制度の特徴を理解する上で重要なポイントです。
消費者にとっては購入時の負担増加や逆進性の問題がある一方、セールスタックス・ホリデーなどの軽減措置も導入されており、各州が制度の改善に継続的に取り組んでいることも注目されます。
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