米国に食品を輸出する事業者にとって、FDA(米国食品医薬品局)のFSMA(食品安全近代化法)およびFSVP(外国供給業者検証プログラム)規則への対応は避けて通れない課題です。これらの規則では、予防管理や供給業者検証に関する詳細な記録保管が義務付けられており、記録の形式・保管方法・提出要件を正確に理解することが、FDA検査への備えとして極めて重要になります。
本記事では、FSMA・FSVP規則における記録形式の選択肢、電子記録と紙媒体それぞれの要件、検査時の対応、そして実務上のバックアップ・改ざん防止策について、規制条文に基づき包括的に解説します。
紙媒体と電子媒体:記録形式の選択肢と基本要件
記録形式の柔軟性
FDAのFSMA規則(21 CFR Part 117:人・動物用食品の予防管理規則)およびFSVP規則(21 CFR Part 1 Subpart L)では、記録保管の形式について柔軟な選択肢が認められています。具体的には、21 CFR 117.305(a)において「原本、真のコピー(紙媒体・印刷物等)、または電子記録」のいずれかで保持できることが明記されており、FSVP規則でも21 CFR 1.510(a)で同様の規定が設けられています。
これは、事業者が自社の業務実態やリソースに応じて、最適な記録管理方法を選択できることを意味します。紙ベースの伝統的な記録管理を継続する企業もあれば、クラウドシステムやデータベースを活用して電子的に記録を管理する企業もあり、いずれの方法も規制上は同等に有効です。
記録の正確性・消去不可能性・可読性
ただし、どの形式を選択する場合でも、記録は以下の基本要件を満たす必要があります。
正確性(Accurate): 記録内容は事実に基づき、誤りや矛盾がないこと。例えば温度記録であれば実測値を正確に記載し、検証結果は実際の評価内容を反映させる必要があります。
消去不可能性(Indelible): 記録は一度作成されたら、容易に改変・削除できない形式で保管すること。紙の場合は鉛筆ではなくペンで記録する、電子記録の場合は編集履歴を残すシステムを使用するなどの対策が求められます。
可読性(Legible): 記録は誰が見ても判読可能な状態を保つこと。手書きの場合は明瞭な文字で、電子記録の場合は適切なファイル形式で保存し、印刷や画面表示時に情報が失われないよう注意が必要です。
これらの要件は、FDA検査官が記録を確認する際に、信頼性の高い証拠として機能するための基盤となります。
FSVP規則における署名・日付要件
作成時および改訂時の署名義務
FSVP規則には、FSMA予防管理規則にはない独自の要件として、すべての記録に対する署名・日付の記録義務があります。21 CFR 1.510に基づき、FSVP関連の記録は作成時だけでなく、改訂時にも署名と日付を付す必要があります。
この要件の背景には、輸入食品の安全性検証という性質上、誰がいつ記録を作成・承認したかを明確にすることで、責任の所在とトレーサビリティを確保する狙いがあります。たとえば外国供給業者の評価記録や検証計画を更新した際には、更新者の署名と更新日を記録に残すことが求められます。
FSMA予防管理規則との相違点
一方、FSMA予防管理規則(21 CFR 117)では、記録への署名を明示的に義務付ける条文はありません。ただし、記録の正確性・消去不可能性が求められているため、実務上は誰が記録を作成したかを明確にする運用が推奨されます。
この違いは、FSVP規則が輸入業者による外部供給業者の検証という複雑なプロセスを対象とするのに対し、FSMA予防管理規則は主に製造施設内部の管理プロセスを対象とする点に起因しています。
電子記録と21 CFR Part 11の適用関係
Part 11適用の免除
電子記録を採用する際、多くの事業者が懸念するのが「21 CFR Part 11(電子記録・電子署名規制)」への準拠義務です。Part 11は、医薬品等の分野で電子記録を使用する場合に厳格なシステムバリデーション、監査証跡、アクセス制御などを求める規制として知られています。
しかし、FSMA・FSVP規則では明確に「これらの規則に基づく記録要件を満たす限り、21 CFR Part 11は適用されない」と規定されています。つまり、食品安全に関する電子記録は、FSMA/FSVP規則の基本要件(正確性・消去不可能性・可読性など)を満たしていれば、Part 11の技術的要件は免除されます。
他規則との重複適用に注意
ただし、この免除にはひとつ重要な条件があります。それは「該当記録が他の規則でも義務付けられる場合」です。たとえば、同じ記録がHACCP規則(21 CFR Part 123など)や医薬品製造管理規則でも保管義務がある場合、それらの規則の要件に従ってPart 11準拠が必要になる可能性があります。
食品事業者は、自社の記録がどの規制の対象となるかを正確に把握し、必要に応じて法務・コンプライアンス部門と連携して判断することが重要です。
FDA検査時の記録提出とアクセス要件
迅速な提示・コピー提供義務
FDA検査官が施設を訪問した際、事業者は要求された記録を速やかに提示し、必要に応じてコピーを提供しなければなりません。FSVP規則では、この「速やかな提示」が明文化されており、検査の円滑な進行に協力する義務があります。
実務上は、検査前に主要な記録をすぐに取り出せるよう整理しておくこと、担当者が記録の所在を把握していることが重要です。特に複数拠点で記録を管理している場合や、クラウドシステムを使用している場合は、アクセス方法を事前に確認しておく必要があります。
英訳提供の要件
FSVP規則には、もうひとつ重要な要件があります。それは、記録が英語以外の言語で作成されている場合、FDAの要請に応じて「合理的な期間内に英訳を提供する」義務です。
日本語で記録を管理している輸入業者は、主要な記録については事前に英訳版を準備しておくか、迅速に翻訳できる体制を整えておくことが推奨されます。特に外国供給業者の評価記録や検証計画のような重要書類は、英語版を常備しておくことで、検査時の負担を大幅に軽減できます。
オフサイト保管と24時間ルール
記録は必ずしも施設内に物理的に保管する必要はありません。FSVP・FSMA規則ともに、記録のオフサイト保管を認めています。ただし、重要な条件として「24時間以内に現場(オンサイト)に提出可能であること」が求められます。
この要件により、クラウドストレージやデータセンターに記録を保管することは可能ですが、インターネット接続の不具合や災害時にも迅速にアクセスできる冗長性を確保しておく必要があります。電子記録については、施設内の端末からアクセス可能であれば「現場保管」とみなされるため、適切なネットワーク環境の整備が求められます。
電子提出の義務
FSVP規則では、FDAから書面で要請があった場合、電子的に記録を送付する義務があります。FDAはFSVP専用のポータルシステムを用意しており、輸入者は必要に応じてこのポータルを通じて記録を提出できます。
一方、FSMA予防管理規則には同様の電子提出規定は明記されていませんが、FDAは検査の効率化のため、電子データでの提出を求める可能性があります。いずれの場合も、記録を標準的なファイル形式(PDF、Excel、CSVなど)で出力・送信できる体制を整えておくことが実務上重要です。
電子記録のバックアップ・可読性・保全性
可読性確保のためのファイル形式管理
電子記録を採用する最大のメリットは、検索性・共有性・保管効率の向上ですが、同時に「将来的に読めなくなるリスク」にも注意が必要です。独自のソフトウェアやバージョン依存の形式で保存すると、数年後にそのソフトが使えなくなった際、記録を開けなくなる可能性があります。
このため、電子記録はPDFやCSVのような標準的で長期的に互換性のある形式で保存することが推奨されます。また、スキャン保存する場合は、画質・解像度を十分に確保し、印刷時にも判読可能な品質を維持する必要があります。文字が潰れたり、グラフが不鮮明になったりする記録は、FDA検査時に「可読性不足」として指摘される可能性があります。
バックアップの重要性
電子記録の最大のリスクは、システム障害・誤操作・災害などによるデータ消失です。FSVPおよびFSMA規則では「劣化や紛失を防ぐ保管方法」が要件とされており、これは定期的なバックアップ体制の構築を意味します。
実務上は、以下のような対策が有効です:
- 複数サーバーへの保存: プライマリサーバーとバックアップサーバーに同時保存し、片方が故障しても記録を失わない体制を構築する
- クラウドバックアップ: オンプレミスのサーバーに加えて、クラウドストレージにもバックアップを取得し、災害リスクを分散する
- バックアップの定期検証: バックアップが正常に取得されているか、復元テストを定期的に実施する
- 保存媒体の更新: ハードディスクやテープなどの物理媒体は経年劣化するため、定期的に新しい媒体に移行する
これらの対策は、FDA検査時に「記録管理体制が適切」と評価される上でも重要な要素となります。
改ざん防止措置
電子記録の消去不可能性を確保するため、アクセス権限管理と変更履歴の記録が不可欠です。FSVP規則では署名・日付によって変更を追跡する仕組みが義務付けられており、FSMA規則でも「indelible(消去不可能)」要件がこれに相当します。
具体的には、以下のような運用が推奨されます:
- ユーザー権限の階層化: 記録の作成・閲覧・編集・削除の権限を役職や業務内容に応じて設定し、不必要な変更を防止する
- 編集履歴の自動記録: ドキュメント管理システムやデータベースで、誰がいつ何を変更したかを自動的にログとして残す機能を活用する
- バージョン管理: 記録を更新する際は、旧版を削除せず、新版として保存し、変更前後の比較を可能にする
- 電子署名機能の活用: FSVPの署名要件を満たすため、システム上で承認者の電子署名を記録する仕組みを導入する
紙の記録でも同様に、訂正時には二重線を引いて訂正者のサインと日付を記入するなど、改ざんが一目でわかる方法を採用することが重要です。
記録の保存期間と実務上の注意点
FSVP記録の保存期間
FSVP規則では、原則として記録を2年間保存することが義務付けられています。保存期間は、記録を作成または取得した日から起算されます。
ただし、非常に小規模な輸入業者(Very Small Importer)や特定の条件下では、証明資料など一部の記録について3年間の保存が求められる場合があります。自社がどの区分に該当するかを確認し、適用される保存期間を正確に把握することが重要です。
FSMA予防管理規則の保存期間
FSMA予防管理規則(21 CFR 117)では、通常の記録は作成後2年間の保管が求められます。ただし、以下のような例外があります:
- 品質保証記録や研究資料: 使用終了後さらに2年間の保管が必要
- 適格施設の証明資料: 3年間の保管が義務付けられる
これらの例外規定は、記録の性質や用途に応じて保存期間が延長されるものであり、事業者は記録の種類ごとに保存期限を管理する必要があります。
改ざん防止と記録の完全性
保存期間中、記録は劣化や紛失のリスクから保護し、改ざんされないよう管理する必要があります。FSVPでは署名・日付による変更追跡、FSMAでは消去不可能性によって、これを保障しています。
実務上は、以下のような運用が求められます:
- 訂正手順の標準化: 紙記録の訂正時には二重線と注記で訂正者・日付を明示し、修正テープや消しゴムの使用を禁止する
- 電子記録の編集ログ: 編集後のドキュメントには編集者情報・タイムスタンプを自動記録する
- 定期的な記録レビュー: 保存中の記録が破損・劣化していないか、定期的に確認する
- 検査対応マニュアルの整備: FDA検査時に、完全かつ信頼できる履歴として記録を提示できるよう、社内手順を文書化しておく
これらの措置により、FDA検査において記録の信頼性を証明し、指摘事項を最小限に抑えることが可能になります。
まとめ
FSMA・FSVP規則における記録管理は、紙媒体と電子媒体のいずれでも可能ですが、正確性・消去不可能性・可読性という基本要件を満たすことが絶対条件です。FSVPでは署名・日付の記録が義務付けられる一方、電子記録については21 CFR Part 11の技術要件が免除されるなど、柔軟な運用が認められています。
FDA検査に備えるには、記録の迅速な提示・英訳提供・オフサイト保管時の24時間アクセス体制の構築が不可欠です。また、電子記録を採用する場合は、バックアップ・可読性確保・改ざん防止の3つの柱を意識した記録管理システムの構築が求められます。
保存期間は原則2年間ですが、記録の種類によっては3年間の保管が必要な場合もあるため、自社の事業規模や記録の性質に応じた適切な管理体制を整えることが重要です。これらの要件を正確に理解し、実務に落とし込むことで、FDA検査への準備を万全にし、米国市場での信頼性を高めることができます。
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