ロサンゼルスは全米でも有数の起業家集積地として知られ、700社以上の日系企業が拠点を置く都市です。近年では日本人が現地でゼロからビジネスを立ち上げるケースも増加しており、多様な業種で成功例と失敗例が生まれています。
本記事では、実在する日本人起業家の事例を基に、米国進出における成功要因と失敗要因を分析します。規制対応から文化適応まで、アメリカでのビジネス展開を検討する方にとって実践的な示唆を提供します。
成功事例①:現地ネットワークを活用した米国進出支援ビジネス
板倉光孝氏(Zero-Hachi Rock社)の事業モデル
板倉光孝氏は21歳で渡米し、バンド活動を経て日系オンライン広告メディア企業で11年間の経験を積んだ後、2016年にZero-Hachi Rock, Inc.を創業しました。同社は日系企業の米国進出支援を主業務とし、マーケティングや現地コーディネーションを提供しています。
成功を支えた4つの要因
豊富な現地経験と人脈構築
板倉氏の成功の核心は、起業前に培った現地でのコネクションにあります。初期のクライアント獲得は周囲の知人への働きかけが決め手となり、さらにポッドキャスト番組「1%の情熱ものがたり」を通じて海外で活躍する日本人とのネットワークを拡大しました。こうした情報発信が新たな顧客紹介や人的資源の循環を生み出し、ビジネス拡大につながっています。
現地ニーズへの徹底適応
板倉氏は「答えを自分たちで決めつけない」ことを成功の秘訣に挙げています。日本でヒットした手法でも米国で通用するとは限らないため、現地でリサーチし現地のやり方に委ねることを重視しました。例えば広告コピー作成も日本本社の感覚に頼らずネイティブに任せるようにし、日本的なやり方の押し付けを避けています。
日米のギャップを埋める調整力
日米のビジネス習慣の違いに精通し、双方の調整役となった点も重要です。例えば現地社員が定時で退社することについて、日本本社からクレームがあった際には「こちらでは法律違反になる」と現地の労働法や文化を丁寧に説明しました。このような双方の認識差を埋める調整力が、クライアント企業からの信頼獲得につながっています。
効果的なモチベーション管理
アメリカ人スタッフに対しては、トップダウンで強制するのではなく各自が力を発揮できる環境を整えることを重視しています。成果が実感できるフィードバックを心がけ、例えば制作スタッフに顧客の喜びの声を伝えるなど、自己実現欲求を満たす工夫でパフォーマンス向上を図りました。
成功事例②:越境ECで日本酒市場を開拓
伊藤元気氏(Tippsy, Inc.)の戦略的アプローチ
伊藤元気氏は南カリフォルニア大学でMBAを取得後、2018年にロサンゼルスで日本酒のオンライン通販プラットフォーム「Tippsy」を立ち上げました。日本各地の地酒を米国消費者に届ける越境ECサイトで、豊富な銘柄情報とサブスクリプションサービスを強みに急成長しています。
市場機会の的確な把握
伊藤氏は「アメリカ人は日本酒に興味はあるが、どこで何を買えばよいか分からない」という潜在的ニーズに着目しました。Tippsyでは初心者にも分かりやすいテイストマトリックスやペアリング情報を充実させ、楽しみながら銘柄選びができるUI設計を追求しています。
月額49ドルで3本の日本酒を定期配送するサブスクリプションモデルは、「色々試したいが詳しくない」という層の需要を的確に捉えました。現在、配送規制のある一部州を除きほぼ全米に出荷できる体制を築いています。
戦略的なブランディング
社名「Tippsy」には「ほろ酔い気分を届けたい」という想いが込められており、あえて”SAKE”や”JAPAN”といった言葉を使わないネーミングにしました。これは日本酒未経験者にも親しみやすいトレンディなブランドを目指す戦略で、日本色を前面に出しすぎず洗練されたイメージを打ち出しています。
さらにGoogle広告で再訪問を促しやすいシンプルな一語の名前にこだわるなど、デジタルマーケティングも意識した設計となっています。
起業エコシステムの活用
MBA在学中にアントレプレナーシップの授業で、シリコンバレーの起業家エコシステムに触れたことが創業のきっかけになりました。伊藤氏は「アメリカには起業家を育てる土壌が整っており、投資家も豊富。Eコマースを立ち上げる環境は数分で整う」と実感し、卒業と同時に起業に踏み切りました。
Kickstarterでのクラウドファンディングを活用してブランドコミュニティを醸成し、支援者とのネットワークから投資家や協力者を紹介してもらう機会も得ています。現地の豊富なリソースをフル活用できた点が成功の鍵となりました。
成功事例③:スーパーマーケット寿司という新市場創造
石井龍二氏(AFC)のパイオニア精神
石井龍二氏は1980年代に渡米し、「寿司をスーパーマーケットで売る」という画期的なビジネスモデルで大成功した起業家です。1986年にロサンゼルスの大手スーパー・Vons店内に寿司バーを設置する契約を取り付け、現在では全米4,000箇所以上のスーパーやフードコートで寿司カウンターを運営するまでに成長しています。
市場分析に基づくニッチ戦略
石井氏は事業開始前に綿密な市場調査を実施し、「アプローチする地域の人口属性を徹底的に調べ、寿司に馴染みがあり所得水準の高い顧客層が多いエリアを選定した」と述べています。地域による嗜好の差や文化的多様性を踏まえた戦略が、スムーズな市場参入を可能にしました。
「寿司=高級店のもの」という既成概念を打ち破り、スーパーの惣菜コーナーに寿司を置くという着眼点は、当時まだ誰も手掛けていないブルーオーシャン市場でした。「手頃な価格でテイクアウトできる寿司」という新たな価値提案が米国人消費者に受け入れられたのです。
スケーラブルなパートナーシップモデル
当初のビジネスモデルは、スーパー側が設備スペースを提供し、AFC社が寿司シェフと食材を提供するというWin-Winの契約形態でした。スーパーにとっては付加価値サービスとなり、AFC社にとっては店舗開設コストを抑えつつ集客力のある場所で販売できる利点がありました。
この仕組みは各地のスーパーに横展開しやすく、2002年にはフランチャイズ制に発展させて標準化と急速拡大を実現しました。フランチャイズ化により、各店舗オーナーのやる気を引き出しつつ全社のオペレーション品質も維持でき、短期間で全米・海外へネットワークを広げています。
継続的な商品開発
単に寿司を売るだけでなく、米国市場向けの商品開発にも取り組みました。トロピカルマンゴー入りのシュリンプ天むすや、炙りシーバス寿司など、現地の嗜好に合わせた新メニューを投入し続けています。パッケージデザインにも工夫を凝らし、メタリックブルーのマット容器で照明映えするよう演出するなど、小売現場で売れるためのマーケティングにも注力しました。
こうしたローカライズされた商品戦略により、「売上が25〜35%伸びた店舗もある」と報じられています。
失敗事例①:規制・制度の理解不足による挫折
FDA認可の壁
アメリカ進出では、日本との法制度や規制の違いを把握しておかなければ思わぬ失敗を招きます。特に食品・化粧品などFDA(米食品医薬品局)の管轄商品を扱う場合、FDA認可の有無がビジネスの生死を分けます。
「食品ならFDAの認可を取得すれば販路拡大のチャンスが広がるが、認可無しでは販売機会は皆無に等しい」という指摘の通り、認可取得を怠ったために米国市場で全く売れなかった日本企業も存在します。
過剰な規格対応による無駄
安全規格(UL認証など)への対応も重要ですが、必要な規格をすべてクリアした後で「実は2つだけ取得すれば十分だった」という無駄なケースもあります。どの認可・許可が必須なのか情報収集不足が失敗を招く例も少なくありません。
JETROなど公的機関はこうした制度情報の提供や相談サービスを行っていますが、それを活用せず手探りで進出して認可でつまずくケースが後を絶ちません。
ビザ制度の理解不足
ビザ制度の理解不足も起業の継続性に影響します。H-1B就労ビザは抽選制度で「更新のたびに費用と運頼み」が必要なため、計画通り人材を定着させられず事業計画が頓挫するリスクがあります。
「優秀な社員をずっと働かせたいのにビザ抽選に落ち更新できなかった」という事態に直面した日系企業もあり、ビザスポンサー費用や不確実性が米国企業に比べ不利な点となっています。起業家自身もE-2投資家ビザやO-1ビザ等の条件を満たせなければ、ビジネスを軌道に乗せる前に滞在許可が切れてしまう恐れがあります。
失敗事例②:文化・市場の違いへの対応不足
日本式の押し付けによる失敗
典型的なのは「日本で成功したやり方ならアメリカでも通用するだろう」という思い込みです。板倉氏も強調するように、「日本でヒットしたからアメリカでも売れるはず…という決めつけは成功しない」ことが多々あります。
実例として、ある日本企業はDIY向け住宅建材を米国に売り込んだものの、「使いにくい」という理由で返品の山を抱えてしまいました。米国では素人が自分で家の修繕をするDIY文化が定着しており、商品はいかに簡便に扱えるかが重要です。しかしその企業の商品は日本基準で作られていたため取付けに手間取り、返品・クレームが相次ぎました。
加えてアメリカの「何でも気に入らなければ返品する」顧客習慣(2018年の返品率11%)への理解も不足していました。結果としてBtoC販売を断念し、施工業者向けのBtoBに切り替えることで軌道修正しています。
サービス業での文化的ミスマッチ
日本では当たり前のサービスが米国では歓迎されないこともあります。日本の外食チェーンがアメリカ進出した当初、現地スタッフへの過度な品質指導やマニュアル重視の接客を行った結果、従業員から反発を招き人材定着に失敗したという話もあります。アメリカでは労働者の流動性が高く、パワハラ的な管理にはすぐ離職で応じる文化があります。
逆にサービスの省力化に慣れた米国消費者には、日本式の過剰サービスはコスト高に映り価格競争力を損なう場合もあります。
コミュニケーションの取り違え
日本企業がLAのIT企業を買収して進出した際、現地スタッフとの疎通が悪くプロジェクト遅延を招いた例もあります。原因は意思決定のスピード感や情報共有の方法の違いでした。日本側は根回し重視・稟議承認に時間をかけたのに対し、米国側は権限移譲され現場判断で動く文化だったため噛み合わなかったのです。
このケースでは定期的なミーティング設定や小さな約束の積み重ねで信頼関係を築き直し、ようやく軌道に乗せました。英語力だけでなく現地独自のビジネスマナーや意思決定プロセスを理解し、歩み寄る姿勢が不可欠です。
中途半端な動機では失敗する
「アジアで儲からないからアメリカに来た」という安易な動機では失敗するという指摘も重要です。米国市場は決して簡単ではなく、本気でコミットしない中途半端な姿勢では成果を出せません。「なんとなく米国に活路を求めてきたが準備不足で撤退」という事例は少なくなく、進出には明確な戦略と覚悟が求められます。
まとめ:成功と失敗から学ぶ米国進出の実践的教訓
LAで成功した日本人起業家たちに共通するのは、現地への徹底した適応と準備です。成功要因を整理すると、以下のポイントが浮かび上がります。
まず、現地ニーズを的確に捉えた商品・サービス設計が不可欠です。伊藤氏のように初心者向けの情報提供を充実させる、石井氏のように未開拓の販売チャネルを開拓するなど、現地消費者の視点に立った価値提案が成功の鍵となります。
次に、ローカルなネットワーク構築と起業エコシステムの活用が重要です。板倉氏のように人脈を活かした顧客獲得、伊藤氏のようにクラウドファンディングで支援者を集めるなど、現地のリソースを最大限活用することで事業拡大が加速します。
さらに、日米の文化的ギャップを理解し、双方を調整する能力が求められます。現地のやり方に委ね、ネイティブの感覚を尊重することで、日本的発想とアメリカ的発想のハイブリッドな強みを生み出せます。
一方、失敗事例から学べるのは「郷に入っては郷に従え」の重要性です。FDA認可など法制度への対応、現地消費者の嗜好や労働観の理解、ビザを含む事業継続条件の確保といった点は最低限のハードルです。これらをクリアした上で、初めてマーケティングやブランディングで勝負できる土俵に立てます。
JETROや在米日系コミュニティ、専門コンサルタントなど利用できる支援策は積極的に活用し、情報戦で後れを取らないことも大切です。LAは多民族・多文化が交差する土地柄ゆえ、ニッチであっても熱狂的なファン層が見込める市場です。
成功事例のエッセンスと失敗事例の教訓を参考に、異文化へのリスペクトと柔軟な発想をもって挑めば、FDA対応や越境ECの壁も乗り越え、新たな成功を掴むことができるでしょう。
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