はじめに:MoCRAがもたらした化粧品規制の転換点
2022年に成立したModernization of Cosmetics Regulation Act(MoCRA)は、米国化粧品市場における80年ぶりの規制改革として注目を集めています。この法律により、これまで任意だった施設登録と製品リスティングが義務化され、2024年7月1日を初回提出期限として本格施行されました。
日本企業にとって、米国市場は依然として重要な輸出先であり続けています。しかし、登録義務を怠ると製品の輸入差止めや販売禁止といった深刻なリスクに直面する可能性があります。本記事では、MoCRA対応に必要な実務手順を段階的に解説し、日本企業が確実に登録を完了できるよう実践的な情報を提供します。
MoCRA登録制度の全体像
MoCRAにおける登録制度は、施設登録(Facility Registration)と製品リスティング(Product Listing)の二本柱で構成されています。
施設登録では、化粧品の製造・加工を行う施設そのものをFDAに届け出ます。一方、製品リスティングは販売する個々の化粧品について、その成分や製造施設などの詳細情報を登録するものです。両者は相互に関連しながらも、提出する情報内容や更新頻度が異なるため、それぞれの要件を正確に理解することが不可欠です。
登録義務が発生する事業者
米国内で化粧品を製造・加工する施設、および米国市場に化粧品を販売する責任者(Responsible Person)が登録義務を負います。日本企業の場合、自社製品を米国に輸出する際は、たとえ製造拠点が日本国内であっても登録が必要になります。米国内の輸入業者や販売代理店が責任者となる場合もありますが、契約上の役割分担を明確にし、誰が登録義務を負うのかを事前に確認しておくことが重要です。
施設登録(Form FDA 5066)の実務手順
必須情報項目の整理
施設登録では、Form FDA 5066を用いて以下の情報を提出します。
まず施設の基本情報として、施設名、FEI番号(FDA Establishment Identifier)、所在地(住所、市区町村、州または都道府県、郵便番号、国)、連絡先(電話番号、メールアドレス)、施設の所有者または運営者名が必要です。これらは全て英語で正確に記載しなければなりません。
次に、当該施設で製造・処理される化粧品に関する情報として、ブランド名(市場で販売される際の商標名)、各ブランドの責任表示者名(ラベルに記載される製造者・梱包者・販売者の名称)、そして製品カテゴリコードを登録します。製品カテゴリコードはFDAが定める分類体系に従い、シャンプー、ローション、メイクアップ製品など、製品の用途別に指定されたコードを選択します。
FEI番号の事前取得
施設登録を行う前に、FEI番号を取得する必要があります。FEI番号は施設を一意に識別するための番号であり、過去にFDAへの登録経験がある場合は既に発番されている可能性があります。FDAのFEI検索ポータルで既存番号を確認し、未取得の場合は同ポータルまたはメール申請で新規取得を行います。通常、申請から7~10営業日で番号が発番されます。
FEI番号の取得には施設の正確な住所と連絡先情報が必要です。日本国内の製造施設であれば、日本語の住所を英語表記に変換し、市区町村名や都道府県名を正確に記載することが求められます。
電子提出と紙提出の選択
施設登録の提出方法には、電子提出と紙提出の二つがあります。
電子提出はFDA提供のCosmetics Directポータル、またはFDA Electronic Submissions Gateway(ESG)を通じて行います。Cosmetics Directでは画面入力でStructured Product Labeling(SPL)形式のデータを生成できるため、XMLフォーマットに不慣れな企業でも比較的容易に対応できます。一方、ESGを利用する場and合はアカウント申請に数週間を要するため、早めの準備が必要です。
紙提出を選択する場合は、FDAウェブサイトからForm FDA 5066をダウンロードし、必要事項を記入した上で指定の送付先に郵送するか、メールで送付します。送付先はFood and Drug Administration – Office of Cosmetics and Colors, Registration and Listing Program, 5001 Campus Drive, CPK1, Room 1B-046, College Park, MD 20740-3835(USA)です。メール送付の場合は、RLC-PaperSubmissions@fda.hhs.gov宛に送信します。
製品リスティング(Form FDA 5067)の実務手順
必須情報項目の詳細
製品リスティングでは、Form FDA 5067を用いて販売する各化粧品について以下の情報を登録します。
責任表示者名とその連絡先電話番号は、製品ラベルに表示される製造者・梱包業者・販売業者の名称と一致させる必要があります。製品カテゴリコードは施設登録と同様に選択し、製品名はラベル上の正式な呼称を記載します。
香料やフレーバーの有無についても明示が求められます。これはMoCRAにおいて香料成分に含まれる特定アレルゲンの表示義務化が将来的に可能となっているためであり、香料を含む製品は今後の規制動向に注意が必要です。
全成分リストの作成基準
製品リスティングで最も重要な項目が、化粧品の全成分リストです。21 CFR 701.3に従い、各成分を定められた名称または一般名で記載しなければなりません。成分は配合量の多い順に列挙することが原則ですが、含量1%以下の成分や色素については順序から外すことができます。
年次更新時には、配合成分に変更がなくても全成分を含めて再提出する必要があります。これは更新時に変更箇所のみを報告するのではなく、毎回完全な成分リストを提出することを意味します。
また、当該製品を製造・処理する全ての施設のFEI番号を記載します。小規模企業等で施設登録免除の対象となる場合は、チェックボックスを選択した上で施設名と住所を記載することで対応できます。
任意情報の活用
製品リスティングでは、必須項目に加えて任意情報を提供することができます。小規模事業者であることを示すフラグ、事業者の種類(製造・梱包・販売のいずれか)、親会社名、製品のWebページリンク、前面・背面ラベル画像の添付などが該当します。
これらの任意情報は審査を円滑にし、FDAとのコミュニケーションをスムーズにする効果があります。特にラベル画像は、記載内容の確認に有用であるため、準備できる場合は積極的に提出することが推奨されます。
外国事業者必須のU.S. Agent選定
U.S. Agentの要件と役割
日本を含む外国事業者が施設登録を行う際、米国内に拠点を持ち実際に業務を行う個人または法人をU.S. Agentとして指定することが必須です。単なる郵便箱サービスや留守番電話サービスではこの要件を満たすことができません。
U.S. Agentは、FDAと外国施設間の連絡窓口として機能します。具体的には、FDAからの施設への連絡支援(検査の通訳・日程調整、問い合わせへの応答など)、米国市場へ輸出される製品に関するFDAの質問対応支援、そしてFDAが直接連絡できない場合の情報・文書の受領と施設への伝達といった役割を担います。
FDAがU.S. Agent宛に送付した通知は、施設宛の通知とみなされます。そのため、U.S. Agentの選定は単なる形式的な手続きではなく、実質的なコミュニケーション窓口として機能する信頼できる代理店や企業を選ぶことが重要です。
U.S. Agent選定の実務的注意点
FDAは特定のU.S. Agentを推奨していないため、企業は自ら信頼できる代理人を見つける必要があります。既存の取引先や米国内の販売代理店がU.S. Agentとしての役割を担える場合もありますが、契約上の責任範囲を明確にしておくことが不可欠です。
U.S. Agentには、FDA対応の経験や化粧品規制に関する知識があることが望ましいといえます。また、日本語でのコミュニケーションが可能な代理人を選ぶことで、FDAとのやり取りがスムーズになる可能性があります。
提出期限と更新スケジュールの管理
初回提出期限と遅延執行措置
MoCRAによる初回登録の提出期限は、遅延執行措置を経て2024年7月1日とされました。この日付までに、既に米国市場で化粧品を販売している事業者は施設登録と製品リスティングの両方を完了させる必要がありました。
定期更新の頻度
初回登録後は、施設登録と製品リスティングでそれぞれ異なる更新頻度が定められています。
施設登録は2年ごとの更新が必要です。登録後2年が経過するごとに、施設情報を再確認し更新手続きを行います。また、施設情報に変更があった場合は、変更発生日から60日以内にFDAへ届出を行う必要があります。住所変更、連絡先変更、所有者変更などが該当します。
製品リスティングは年1回の更新が求められます。配合成分の変更や製品名の変更など、内容に変更が生じた場合は随時更新を行いますが、変更がなくても年次で全成分を含めた完全な情報を再提出する必要があります。
更新管理の実務的アプローチ
複数の製品を扱う企業では、更新期限の管理が複雑になる可能性があります。社内で登録管理台帳を作成し、各製品の登録日と次回更新期限を一覧化しておくことが有効です。また、更新期限の3か月前にリマインダーを設定し、余裕を持って更新作業を開始できるよう準備することが推奨されます。
ラベル表示要件と成分表示の実務
英語表示の義務
米国市場で販売する化粧品のラベルは、全ての必須表示を英語で行わなければなりません。輸入化粧品の場合は、包装に原産国名も英語で記載する必要があります。日本製品であれば”Made in Japan”または”Product of Japan”といった表記が一般的です。
ラベルに記載すべき事項は、21 CFR 701.5および701.3で規定されており、製品名、内容量、販売業者名・所在地(責任表示者)などが含まれます。これらの情報は製品リスティングで登録する責任表示者名と一致させる必要があります。
成分名称の英語表記
配合成分は、FDAが定める英語名称で記載します。多くの場合、INCI(International Nomenclature of Cosmetic Ingredients)名称が使用されますが、一般名や化学名が認められる場合もあります。配合量順に列挙することが原則ですが、前述の通り含量1%以下の成分や色素は順序から外すことができます。
日本国内で使用されている成分名称をそのまま英訳しても、FDA基準の名称と一致しない場合があります。そのため、成分リストを作成する際は、INCI辞書やFDAの成分データベースを参照し、正確な英語名称を確認することが重要です。
アレルゲン成分への対応
現行の規制では、アレルゲン成分は一般的な成分表示の枠内で対応することになっています。しかし、MoCRAでは香料に含まれる特定アレルゲンの表示義務化が可能となっており、将来的にFDAが規則で指定成分の記載を要求する可能性があります。
香料を含む製品を扱う企業は、今後のFDAの規則制定動向に注意を払い、新たな要件が発表された際には速やかに対応できるよう準備しておくことが望まれます。
未登録がもたらすリスクと罰則
法的リスクの具体的内容
未登録または未リスティングの化粧品を米国市場で販売・輸入すると、Federal Food, Drug, and Cosmetic Act(FD&C法)上のミスブランディング(虚偽または不適切表示)に該当する可能性があります。FDAは違反製品の押収や輸入差止めを行う権限を持ち、場合によっては製品回収や販売差し止め命令を発令します。
違反者には民事罰や刑事罰が科される可能性もあります。違法製造施設からの製品流通も禁じられており、施設登録が停止されるとその施設で製造された製品の米国市場投入は完全に禁止されます。
日本企業が特に注意すべき点
日本企業が輸入者責任を負う場合、登録漏れや安全管理不足は深刻な法令違反となります。製品の米国販売禁止だけでなく、罰金や最悪の場合は刑事責任を伴う可能性があるため、MoCRAの登録義務には必ず対応しなければなりません。
また、取引先が登録義務を果たしているかを確認することも重要です。サプライチェーン全体で登録状況を把握し、未登録の施設から製品を調達しないよう管理体制を整えることが求められます。
まとめ:確実な登録実施のために
MoCRA対応は、米国化粧品市場への参入において避けて通れない義務となりました。施設登録と製品リスティングの両方を期限内に完了させ、その後の定期更新を確実に実施することが、米国市場でのビジネス継続の前提条件です。
実務面では、FEI番号の事前取得、U.S. Agentの適切な選定、全成分リストの英語表記準備、そして更新スケジュールの管理といった複数のステップを着実に進める必要があります。社内で責任者を明確にし、必要に応じて専門家の支援を受けながら対応することが推奨されます。
今後も、アレルゲン表示の義務化や安全性評価に関する新たな規則が制定される可能性があります。FDAの公式サイトやガイダンス文書を定期的に確認し、最新の規制動向を把握し続けることが、米国市場での長期的な事業展開において不可欠といえるでしょう。
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