関税制度の変更は、単なる「輸入コストの上昇」にとどまらず、企業の価格設定そのものを揺さぶるテーマである。令和8年度関税改正では、暫定税率の延長やナフサ等の恒久無税化といった負担軽減要素がある一方、個人使用貨物の課税価格特例の廃止など、越境ECを中心にコスト増につながる変更も同時に進んでいる。本記事では、こうした制度変更を踏まえ、企業がどのように価格転嫁を設計し、顧客負担とのバランスを取るべきかを整理する。

令和8年度関税改正の全体像
令和8年度の関税改正では、404品目にわたる暫定税率や特別緊急関税制度の延長に加え、加糖調製品の税率引下げ、ナフサ・灯油・軽油など8品目の暫定無税の恒久化が行われた。これにより、石化・樹脂・繊維関連など一部の中間財では、コスト面での下押し要因が生まれている。
一方で、価格戦略により直接的な影響を与えるのが、個人使用貨物にかかる「海外小売価格×0.6」という課税価格特例の廃止である。この特例は、越境ECの拡大とともに国内外事業者間の競争条件に不均衡が生じているとの指摘を受けて見直された。加えて、不当廉売関税の迂回防止制度も新設されており、原産地表示や調達構造そのものを見直す必要性が高まっている。つまり今回の改正は、「コストが下がる部分」と「コストが上がる部分」が同時に存在する、複合的な制度変更だと捉えるべきである。
完全転嫁・部分転嫁・非転嫁、どれを選ぶか
関税負担が増えた際の価格戦略は、大きく分けて三つの選択肢がある。値上げ分をそのまま価格に反映する「完全転嫁」、一部のみを反映する「部分転嫁」、価格を据え置いて自社で吸収する「非転嫁」である。
完全転嫁は利益率を守りやすい一方、電子機器や衣料のように価格弾力性が高いカテゴリーでは、販売数量の落ち込みが大きくなる可能性がある。逆に非転嫁は数量を維持しやすい反面、利益率や運転資金への圧迫が長期化しやすい。そのため、実務上は「一律の完全転嫁」でも「一律の非転嫁」でもなく、カテゴリーやSKUごとに転嫁率を変える部分転嫁を基本線に据えるのが妥当だと考えられる。
食品のように価格上昇に対する需要の反応が比較的小さいカテゴリーでは、小幅な段階的値上げでも利益を保ちやすい。一方、電子機器や衣料のように数量への影響が出やすい分野では、定番SKUの価格を維持しつつ、代替性の低い高付加価値モデルで採算を回収するといった「SKU差別化型」の設計が現実的である。部品などのBtoB取引では、契約条項に価格スライドやサーチャージを組み込むことで、関税変動リスクを個別交渉に頼らず吸収する仕組みが有効になりうる。
越境ECへの影響と価格表示の見直し
今回の改正で消費者が体感しやすい変化のひとつが、越境ECにおける個人輸入の価格上昇である。従来は海外小売価格の6割を課税価格とする特例により、比較的低い課税価格に収まっていた商品も、特例廃止後は実際の小売価格がそのまま課税価格となる。その結果、これまで免税の範囲に収まっていた価格帯の商品が課税対象になったり、簡易税率が適用される区分では関税と消費税相当分が重なって、体感的な負担増につながる可能性がある。
このため、越境ECを扱う事業者にとっては、税込・通関費込みの総額表示へ早めに切り替えることが、購入直前の離脱を防ぐうえで重要になると考えられる。特に、これまで免税の閾値付近で購買が集中していた価格帯の商品は、需要が変化しやすい領域として注意が必要である。
海外の値上げ事例から見える傾向
米国では対中関税の引き上げが継続しており、企業の対応は一様ではない。衣料関連では値引き率の抑制や生産性改善によって利益率を維持しようとする動きがみられ、家電量販では通期の業績見通しに関税影響を織り込みつつ、価格と販促の両面で調整する姿勢が示されている。食品メーカーでは、短期的には緩和策で影響を抑えつつ、中長期的にはマージン低下を見込んで段階的に価格対応を行うパターンが見られる。工具・部材関連では、値上げとサプライチェーンの再編を同時に進める事例もある。
EUの中国製BEVに対する相殺関税のように、関税率が高水準に達する市場では、価格転嫁だけでなく、現地生産や商品仕様の見直しといった構造的な対応が同時に求められる傾向がある。これらの事例に共通するのは、「値上げ単体」ではなく、値引き抑制・商品ミックス・調達見直し・現地化を組み合わせて価格戦略を設計している点である。
短期・中期で分けて考える実務対応
短期的には、値上げ幅そのものよりも、どのSKU・顧客層・チャネルに負担を配分するかを精緻化することが重要になる。実務上の優先順位としては、値引き率の圧縮、価格改定、内容量や仕様の見直し、調達先の切り替えという順で検討するのが現実的だと考えられる。値引きや販促の調整は即効性があり、状況に応じて戻しやすいという利点がある一方、調達先の変更は品質や納期のリスクを伴うため、短期だけでは完結しにくい。
中期的には、価格戦略を単独で考えるのではなく、原産地規則や部品構成、保税活用、迂回防止制度への対応まで含めた「関税耐性のあるサプライチェーン設計」へとつなげていく必要がある。低価格帯は関税影響を受けにくい調達構造で守り、高価格帯はブランド力や独自仕様によって転嫁するという二層的な価格体系も、顧客に与える印象を抑えながら利益を確保する方法として考えられる。
顧客に伝わる価格改定の伝え方
価格改定を行う際は、「関税で値上げします」という説明だけでは納得を得にくい。効果的なのは、自社がすでに吸収してきた努力を示したうえで、値上げの対象が限定的であることを明確にし、代替商品やまとめ買い、国内在庫品といった選択肢を合わせて提示する方法である。この際、限定性・先行吸収努力・代替策の提示・継続的な見直しの約束という要素を含めることで、価格改定を一方的な負担増ではなく、安定供給のための選択として受け止めてもらいやすくなる。
まとめ:関税対応は「価格」だけの問題ではない
令和8年度関税改正は、コストが下がる部分と上がる部分が同時に存在する複合的な制度変更であり、価格戦略もそれに合わせて一律ではなく、カテゴリーやチャネルごとに設計する必要がある。短期的には部分転嫁を軸にした負担配分の精緻化、中期的には調達・物流・コンプライアンスを含めた構造転換が求められる。
今後掘り下げるべきテーマとしては、業種別・チャネル別の価格弾力性の違い、越境EC事業者における総額表示の実務対応、そして原産地規則や迂回防止制度への対応が、企業の調達戦略にどのような影響を及ぼすかといった点が挙げられる。関税制度は今後も変更が続く可能性があるため、価格戦略は一度設計して終わりではなく、継続的に見直す前提で運用することが重要になると考えられる。