米国で越境ECやSaaSを展開する企業にとって、州ごとに異なる「economic nexus(経済ネクサス)」の基準は、売上税の登録・徴収義務を左右する重要な論点です。2018年のWayfair判決以降、売上税を課すすべての州とDCがこの基準を採用しましたが、2026年時点での争点は「基準があるかどうか」ではなく、どの売上を対象に含めるか、取引件数基準を残すか、そしていつから徴収を始めるかという、より細かな実務レベルに移っています。本記事では、州別の閾値モデル、直近の改正トレンド、サービス・デジタル商品の扱い、マーケットプレイス売上の算入有無、そして徴収開始日の違いという観点から、2026年7月時点の状況を整理します。

経済ネクサスとは何か
経済ネクサスとは、州内に物理的な拠点を持たない遠隔売主であっても、一定の売上額や取引件数を超えた場合に、その州の売上税を徴収・納付する義務が生じる仕組みです。2018年のSouth Dakota v. Wayfair連邦最高裁判決により、従来のphysical presence ruleが見直され、売上税を課すほぼすべての州でこの基準が導入されました。なお、デラウェア・モンタナ・ニューハンプシャー・オレゴンの4州は州レベルの一般売上税自体を持たないため経済ネクサスの対象外であり、アラスカは州税はないものの参加自治体単位での遠隔売上税ルールを別途設けています。物理的存在は依然としてほぼすべての州で独立した課税トリガーであり、売上額や件数の基準を満たさなくても、在庫や従業員、州内提携契約などがあれば納税義務が生じ得る点にも注意が必要です。
2026年最新動向:200件基準廃止という大きな流れ
2023年から2026年にかけての最大のトレンドは、取引件数(多くは200件)基準の廃止です。サウスダコタが2023年7月、ルイジアナが2023年8月、ノースカロライナとワイオミングが2024年7月、ユタが2025年7月に、それぞれ200件基準を撤廃しました。イリノイも2026年1月に廃止し、ケンタッキーは2026年8月に廃止予定とされています。ニュージャージーでも2025年に廃止提案が確認されており、今後さらに件数基準を残す州は減少していく可能性があります。この流れは、単価が低く取引件数が多いビジネスにとって特に恩恵が大きく、これまで件数超過のみを理由に登録していた売主にとっては、登録の見直しや解約を検討できる余地が生まれています。
州別モデルの分類:閾値の論理構造に注目
現在の閾値モデルを大づかみに整理すると、「$100,000のみ」を採用する州が最も多く、これに「$100,000または200件」というOR型が続きます。カリフォルニアとテキサスは例外的に「$500,000のみ」という高めの閾値を設定し、アラバマとミシシッピは「$250,000のみ」です。特に注意すべきは、ニューヨークの「$500,000かつ100件」、コネチカットの「$100,000かつ200件」というAND型です。これらの州では、売上額と件数の両方を満たさない限りネクサスが成立しないため、ジョージア・ケンタッキー・ロードアイランド・バーモント・バージニアなどのOR型の州とは判定ロジックそのものが異なります。同じ売上・件数データを持つ事業者でも、州によって結論が逆転しうるという点は、実務上見落とされやすいポイントです。
サービス・デジタル商品の扱いは州ごとに不統一
閾値の金額や件数以上に実務上厄介なのが、「何を売上としてカウントするか」の違いです。ユタ州は、有形動産・電子的に移転される製品・サービスを明示的に閾値判定の対象としており、サウスダコタも電子的に提供される製品やサービスを課税対象売上に含めています。ノースカロライナも、州内でサービスを提供する行為を遠隔売上の定義に含めています。一方でニューヨークの売上税ネクサスは、条文上「有形動産の売上」に結びついており、オクラホマも有形動産の課税売上を基準としています。イリノイに至っては、小売売主と遠隔サービス提供者を別枠で扱い、サービスには独自の閾値とde minimisルールを設けています。SaaSやデジタルコンテンツ、保守サービス、設置工事込みの販売を行う企業ほど、単純な売上集計の前に、州ごとの取引分類作業が不可欠になります。
マーケットプレイス売上の算入有無
もう一つの重要な差異は、マーケットプレイス経由の売上を、個別売主自身の閾値判定に含めるかどうかです。ノースカロライナのようにマーケットプレイス売上を含める州がある一方、ユタ・ノースダコタ・ニューメキシコ・オクラホマ・テネシー・バージニア・ワイオミングなどでは、実務ガイド上、個別売主の閾値判定からマーケットプレイス売上を除外する扱いが確認されています。すべてのチャネルをマーケットプレイス経由で販売している事業者と、直販を併用している事業者とでは、州によって登録義務の範囲が大きく変わる可能性があるため、チャネルごとの売上管理が求められます。
徴収開始日のタイムラグにも注意
閾値を超えた後、実際にいつから徴収義務が発生するかという「開始時点」も州によってまちまちです。ノースカロライナは次の取引から、オハイオは翌日からと比較的早いタイミングである一方、サウスカロライナやネブラスカは第2暦月の初日、テキサスは第4月の初日、ペンシルベニアは翌年4月1日、アラバマは翌年1月1日からと、州によって数か月から1年近い差が生じることがあります。閾値を超えた日を把握していても、州ごとに徴収開始日を別途計算しなければ、意図せず未徴収期間が生じるおそれがあります。
主要判例と今後の論点
Wayfair判決以降の実務論点は、遡及適用、マーケットプレイス運営者の責任範囲、PL 86-272とインターネット活動の境界など、より広い領域に広がっています。2024年にはサウスカロライナ州の控訴裁判所が、マーケットプレイス事業者法制定前の期間についても、既存法の解釈に基づき遡及的な徴収義務が生じ得るとの判断を示し、この事案は現在も上級審で審理が続いているとされています。また2025年には、ニューヨーク州の裁判所が、PL 86-272のもとでも州がオンライン上のどの活動が「勧誘」を超えるかを独自に定義できるとする規則を支持しており、デジタル・クラウドサービス型ビジネスの課税リスクに直結する判断として注目されています。
まとめ:実務上のチェックポイントと次の研究テーマ
2026年時点の米国economic nexusは、「基準の有無」から「基準の中身」へと論点が移行しています。実務上は、①売上額だけでなく州ごとの対象売上の定義を先に確認すること、②マーケットプレイス売上を含めるか除外するかをチャネル別に管理すること、③閾値超過日と徴収開始日を分けて追跡することの3点が特に重要になります。単純な売上額の合計管理だけでは対応が難しくなっている点を踏まえ、多チャネル・多税目を前提としたネクサス管理体制へのアップデートが求められます。