日本に移住したアメリカ人から「日本で税金を払っているのに、米国の確定申告も必要なのか」という疑問がよく聞かれます。結論から言えば、米国市民と、原則としてグリーンカード保持者は、日本に住んでいてもIRSへの申告義務が続きます。 ただし、外国税額控除(FTC)や外国勤労所得除外(FEIE)を使うことで、二重課税を軽減できる可能性があります。
本記事では、米国側の申告義務の根拠、日本側の居住者判定、二重課税の調整方法、FBARなどの情報申告、年間スケジュール、社会保障までを順に整理します。
日本在住でも米国のIRS申告は必要
米国市民は全世界所得が課税対象
米国は国籍に基づいて課税する、世界でも珍しい国です。IRSは、米国市民とresident alien(米国税務上の居住外国人)に対し、住んでいる国にかかわらず全世界所得(worldwide income)の申告を求めています。
そのため、日本の給与、日本の銀行利息、日本株の配当、日本の不動産所得なども、原則としてForm 1040に含めて報告します。FEIEやFTCは「申告しなくてよくなる制度」ではなく、申告したうえで米国税を減らす制度である点が重要です。
グリーンカード保持者も原則として米国税務居住者
グリーンカード保持者も、米国内国法上はresident alienとして扱われる限り、全世界所得課税が出発点です。「米国に家がない」「米国滞在が短い」といった事実だけで、税務上の居住者ステータスが自動的に終わるわけではありません。
一方で、グリーンカード保持者は日米租税条約の居住者規定を使い、条約上は米国非居住者として扱われる立場を取れる可能性があります。ただし、この選択はForm 8833による開示や、長期保有者の場合は国外転出税(expatriation tax)につながるおそれがあり、自己判断は避けるべき領域です。
日米租税条約のセービング条項とは
「日米租税条約があるから米国税はかからない」と考えるのは誤りです。条約にはセービング条項(saving clause)があり、米国は一部の例外を除き、自国の市民を条約がない場合と同じように課税できます。
ただし、二重課税の排除を定めた第23条はこの例外にあたります。日本在住の米国市民が米国源泉の所得を得る場合などは、通常の外国税額控除だけでは調整しきれず、条約上の所得源泉地の組み替え(re-sourcing)が必要になる可能性があります。
日本の所得税上の居住者判定と課税範囲
「183日ルール」だけでは判定できない
日本の所得税法では、国内に住所がある人、または引き続き1年以上居所がある人が居住者となります。住所は生活の本拠で判断されるため、赴任契約や家族の帯同状況によっては、来日初年度から居住者になる可能性があります。「183日未満だから非居住者」とは限りません。
非永住者制度と日米二重国籍者の注意点
居住者のうち、日本国籍がなく、過去10年のうち日本に住所・居所があった期間が合計5年以下の人は「非永住者」となります。非永住者は、国外源泉所得のうち日本で支払われたものや日本へ送金されたものなどに課税範囲が限定されます。
注意したいのは次の2点です。
- 所得税法上の「非永住者」は、入管法上の「永住者」とはまったく別の概念です
- 日本国籍を持つ日米二重国籍者は、非永住者になれません。居住者であれば原則として全世界所得が日本でも課税されます
また、非永住者であっても送金と国外所得の対応関係は単純ではないため、日本への送金記録を年間で残しておくことが実務上役立ちます。
二重課税を防ぐ外国税額控除(FTC)と外国勤労所得除外(FEIE)
FEIE(Form 2555)の対象所得と上限
FEIEは、海外で得た給与などの勤労所得を一定額まで米国の課税所得から除外する制度です。2026年の上限は1人あたり$132,900です。利用には、外国に税務上の拠点(tax home)があり、bona fide residence testまたは12か月中330日以上のphysical presence testを満たす必要があります。
ただし、配当・利子・キャピタルゲイン・年金はFEIEの対象外です。また、FEIEで除外した所得に対応する日本の税金について、FTCを重ねて使うことはできません。
FTC(Form 1116)が有利になりやすいケース
FTCは、日本で納めた所得税などを米国の税額から差し引く仕組みです。日本の税負担は国税と住民税を合わせると比較的大きくなるケースがあるため、中・高所得層や投資所得が多い人ではFTCが有利になる可能性があります。
使い切れなかった外国税額は繰り越せる場合がある一方、所得区分(basket)ごとの計算や源泉地の判定が複雑です。所得構成によって有利不利が変わるため、FTCとFEIEの両方で試算して比較することが基本です。
見落としやすい海外資産の情報申告
FBARとForm 8938は別制度
日本の銀行口座や証券口座は、米国から見ると外国金融口座です。外国口座の合計最高残高が年間のいずれかの時点で$10,000を超えると、FBAR(FinCEN Form 114)の提出が必要になります。口座ごとではなく合計で判定する点に注意が必要です。
Form 8938は外国金融資産の報告で、国外居住者には高めの閾値が設けられています。FBARを出せばForm 8938が不要になるわけではなく、同じ口座を両方に記載するケースもあります。税額がゼロでも情報申告の義務は別に残るため、提出漏れには注意が必要です。
NISA・日本の投資信託とPFIC
NISAは日本では非課税ですが、米国で自動的に非課税になるわけではありません。さらに、日本の投資信託やETFは米国税法上のPFIC(受動的外国投資会社)に該当する可能性があり、その場合はForm 8621の提出と複雑な課税方式が問題になります。購入前に確認しておくことが重要です。
日本の国外財産調書
日本側にも海外資産の報告制度があります。非永住者以外の居住者で、12月31日時点の国外財産が5,000万円を超える場合は、翌年6月30日までに国外財産調書を提出します。日本在住の米国人にとっては、米国の口座がこの「国外財産」にあたる点に注意が必要です。
日米の確定申告スケジュールと期限
暦年で考えた場合の主な流れは次のとおりです。
時期 | 米国 | 日本 |
|---|---|---|
2月中旬〜3月中旬 | 日本税額をFTCの計算に反映 | 所得税の確定申告・納付 |
4月15日前後 | Form 1040の通常期限、FBARの原期限 | ― |
6月15日前後 | 国外居住者の自動2か月延長期限 | ― |
6月30日 | ― | 国外財産調書の提出期限 |
10月15日前後 | Form 4868による延長後の期限、FBARの自動延長期限 | ― |
延長は申告期限を延ばすだけで、未納税額には通常期限から利息がかかる点に注意しましょう。日本の税額が後から変わった場合は、米国側でFTCの再計算が必要になることもあります。
社会保障協定と年金の扱い
所得税とは別に、社会保険の二重加入は日米社会保障協定で調整されます。米国企業から日本へ一時的に派遣される場合は、当初5年を目安に米国制度への加入を継続できる場合があり、適用証明書(Certificate of Coverage)が重要になります。日本での現地採用や長期赴任では、原則として日本の制度のみに加入するケースもあります。
また、年金はFEIEの対象外です。日本の企業年金などは米国税法上の外国信託に該当する可能性もあるため、制度ごとに確認が必要です。
専門家に相談すべきタイミング
次のような場面では、日米双方の国際税務に詳しい専門家への相談を検討する価値があります。
- 移住前(特にグリーンカードの長期保有、多額の含み益資産、RSUやストックオプションがある場合)
- 年末前(FBAR・国外財産調書の残高確認、非永住者の5年判定)
- 大型の相続・贈与、グリーンカード放棄、日本法人の設立を実行する前
- 過去のFBARやForm 8938などの提出漏れに気づいたとき
まとめ
日本在住の米国市民・グリーンカード保持者の税務は、「日本で払った税金を米国から差し引く」だけでは完結しません。押さえるべき要点は次のとおりです。
- 米国市民とグリーンカード保持者は、日本在住でも原則としてIRSへの申告義務が続く
- 日米租税条約のセービング条項により、条約だけで米国課税から外れることは難しい
- 日本の居住者判定は「住所」が基準で、日本国籍者は非永住者になれない
- FTCとFEIEは所得構成によって有利不利が変わるため、両方で試算する
- FBAR・Form 8938・PFIC・国外財産調書など、税額とは別の情報申告に注意する
今後は、グリーンカード保持者の条約上の非居住者ポジションと国外転出税の関係、日本在住者のPFIC対策、RSUの日米間での所得配分といったテーマをさらに掘り下げることで、より具体的な判断材料が得られるでしょう。